『ストレイシープは眠れない』

 足下の下草と敷き詰められた落ち葉をブーツが踏みしめる、さくさくという音が不意に途切れた。同時に、遮るものの無くなった頭上からは太陽が惜しむことなく陽光を注ぐ。
「っと」
 視覚を襲った明暗差に思わず腕で目を庇い、しばらく俺はその場に立ち止まった。光は瞼越しにもその強さを主張し、痛みにも似た感覚を与える。
やがて目が明るさに慣れたのを感じた俺はゆっくりと腕をどかし、瞳を開く。
「おお」
 見上げれば、隙間なく天を覆い陽射しを遮っていた枝葉は既に無く、澄み渡った青空が広がっている。どうやら、ようやく森を抜けたようだった。地面から突き立つ木々の作り出す長い長いトンネルともおさらばと思うと、清々した気にもなる。
 羽織ったマントのあちこちにくっついた葉っぱや枝の切れ端を払い落とす。最後にすそにしがみ付いていた小虫を見つけ、溜息と共に摘まんで引き剥がした。
鬱陶しい森から解放された安堵を感じつつ、俺は目の前の光景を見据えた。ここまで来れば、目的地まであと少しのはずだ。
だが、俺の視界に映る景色は、どこまでも緑の絨毯が敷かれた広大な草原だった。
「……ああ〜?」
 目に映ったものをひとしきり眺め、それから眉をしかめ、俺――ダリオ=ウィーラントは苛立ちに任せて声を出す。不機嫌さを隠そうともしない声に驚いた鳥たちが木々から飛び立ち、辺りを騒がせた。
それに構わず、俺は腰のポーチを探って四つに折りたたまれた紙片を取り出し、広げた。続いて取り出したコンパスを手のひらに載せ、揺れる針が止まるのを待って、再度、紙に視線を落とす。
 今、俺が片手で端を持っているこの紙は、この辺りの地図だ。年季が入っている上に、使い古されたせいで黄色く変色し、端は所々破けているばかりか、記された文字の中にはかすれて読みづらくなってしまっている部分もある。だが、それでも紙面のほとんどの部分を占める大きな森と、その中をくねくねと折れ曲がりながら貫く太い線を読み取ることは出来た。
この、蛇のようにのたくる線は古くからこの辺りの町と町を結び、多くの旅人や冒険者が通ってきた街道だ。
 かつての旅人達と同じく、俺もこの地図を頼りに記された道の通りに歩いてきていたはずなのだが――どうも、おかしい。辺りの地形を眺めてみても、どういうわけか地図に記された場所と今いる場所がさっぱり合わない。
 穴が開くほどに紙面を眺め……結局、それが無駄な努力と悟った俺は、頭にくるくらい爽やかに澄みきった天へと向けて叫んだ。
「どういうことなんだよ!?」
 言葉となって噴出した苛立ちが、空気を震わせる。だが当然、俺の問いに答えるものはいなかった。既に先ほどの声で鳥たちは辺りから逃げ去ってしまっていたためか、俺の声以外の物音すらしない。
 視線を前方へと戻し、広がる草原を憎憎しげに睨む。
 本当なら、森を抜けたらすぐに町が見えてくるはずなのだ。ところが現実はどうだ。町らしき影はおろか、多くの人に踏みならされたであろうはずの街道すらない。
 俺の目に映るのはだだっ広い草原。そのはるか向こうには、青々と生い茂った木々の姿が見える。おそらく今抜けてきたのとはまた別の森があるのだろう。手元のこの地図に描かれた範囲には載っていないようだが。
 もう一度、地図を見、周囲の景色を見る。だがやはり、現在の状況から導き出される答えは同じだった。
と、いうことは――考えたくはないが――。
「道を……間違えた?」
 それしか考えられない。おそらく、森の中のどこかで道を外れた結果、この地図に載っていない範囲まで歩いてきてしまったようだ。
今になってよく考えれば、森の中を歩いていた時に途中から道が途切れた時点でおかしいと思うべきだったのだ。多分だが、あまり使われなくなったせいで道自体が消えてしまったのだろう。その後なんとか人が通ったらしい跡を見つけ、それに沿って進んできたものの、どうも間違った道――というよりかは、街道ではなく獣道か何か――だったようだ。
ついでにいえば、獣や魔物に襲われないようにと焦ったのも拙かったのだろう。いや、値が張るからと新しい地図ではなく、店の隅に転がっていた安い地図にしたのも悪かった気がする。
迂闊だったといえばそれまでだが、急いだ結果がこれだ。
「くそっ!」
苛立たしげに足下の小石を蹴り飛ばす。が、俺の元気もそこまでだった。
「う、うう」
 現状を把握してしまったせいか、一気に吹き出た疲れが身体にのしかかる。抗えず、俺はうめき声を出し、がくりとうなだれた。
その場にへたり込んだ俺は、しばしぐったりとしていた。鬱蒼とした森を歩き続け、ようやく抜けたと思ってみれば、この仕打ち。今まで溜まった分の疲れが一気に出るのも無理はない。
「とはいえ……。いつまでも、ここでこうしているわけにもいかないか」
 そう自分に言い聞かせ、なんとか残った元気を集めて心と身体を奮い立たせる。
「しかし……どうしたもんか。せめて何か道しるべになるものでもあればいいんだが」
呟き、顔を上げて周囲を見回してみるが、どこを見ても人家はおろか、人工物の痕跡すらない自然そのままの草原だ。遠くに見える森にも、人の手が入った様子はなかった。
しばらくの間、俺は周囲に目をやっていたが、やがて諦めの吐息と共に首を振った。地元の人間か、せめて他の旅人でも通ってくれればまだ道を聞いたりできようと思ったのだが、それもかなわないようだ。町から遠く離れたこんな場所では、おそらく一日中待ったところで無駄なことだろう。
「仕方ない……。もう一度森に入りなおして正しい道を探すか。今度は地図を見て、確かめながら進むしかねえな」
 とはいえ、この地図自体がかなり古く、街道が消えていたことを考えれば、それもどこまであてになるか分からない。
「くそ……問題ばかりだ」
軽く痛む頭を傾け、真上を仰ぎ見れば、白い雲を浮かべた空に輝く太陽は天頂を通り過ぎていた。
昼のうちに抜けられればいいが、再び迷いでもしたら森の中で一夜を明かす羽目になる。危険な獣や魔物の蠢く夜の森をうろつく、それがどれだけ無謀なことであるかは旅人や冒険者のみならず、子どもでも知っている。
かといって、いつまでもここにいるわけにも行かない。
進むにしろ、野営をするにしろ、結局どちらを選んでも無事でいられる保証はないのである。
 ぶるり、と震えた身体を落ち着かせようと、自然と腰に手が伸びる。マントを払って腰に巻かれた革のベルトを露にする。
そこには、小さな鞘が吊るされていた。獣の皮で作られたその中には、使い込まれたダガーが収められている。元は作業などのためのものではあるが、一応は武器と言っていいだろう。
指先に触れた感覚を確かめ、そっと柄を握り、少しだけ刀身を引き出す。
布の巻きつけられた柄は手にしっかりと馴染んだ感触を与え、よく研がれた刃が銀色に輝いて光を返す。その輝きに幾分は不安も薄れたものの、小ぶりな刀身は戦闘に用いるそれに比べれば貧弱もいいところで、まったくもって頼りない。こんな小さな刃物一本で野生の獣や魔物を相手に出来るとは思えなかった。そもそも、俺は旅暮らしには慣れているとはいえ、やっていることはあちこちでの儲け話で小銭を稼ぐ商人の真似事程度。冒険者のように腕っぷしで勝負するような人種ではないのだ。
 仮に今、あそこの茂みから何かが飛び出したら。
「……考えたくもねえ」
思わず脳裏に浮かび上がりかけた光景を、頭を振って追い出す。こうしている間にも時間は容赦なく過ぎていき、俺を焦らせる。
湧き上がる焦燥を吹き飛ばそうと、もう一度頭を振って大きく深呼吸。地図を畳み、コンパスと共に袋に押し込む。手近なところに倒れていた巨木の幹を見つけ、俺は少しでも身体を休ませようと思い、腰を下ろした。
吹き抜ける風が緑の絨毯を撫でていくのを見つめつつ、俺はこれからどうするかをしばし熟考する。焦る心はすぐにでも出立しようと喚いていたが、疲れた体はその考えを頑として拒んだ。
「時間は無駄になるが……今日はこのまま森の外で野宿して、明日の朝一でもう一度森に入るか」
 一人での野営自体にリスクはあるものの、何が起こるかわからない夜の森を彷徨うよりはマシだ。とりあえずそう結論付け、俺は腰を上げる。
「なんにしても、野宿するなら準備をしないとな」
もう一度空を見上げてみたが、太陽はまだまだ高く、夕暮れまではいまだ十分な時間がある。であるならば、ただここに留まっているよりかは、安全に眠れそうな場所なりを見つけたほうがいいだろう。
 よし、と一つ頷き、俺は森と草原の境界に沿って歩き出す。旅をするのに必要な道具類はそれなりに持ってはいたものの、夜には町にたどり着けるつもりでいたため、テントや寝袋までは用意していなかったのだ。いくらまだ冬には遠い季節だといっても、夜気に野ざらしでは命が危ない。日が暮れる前にはどうにか夜露を避けられるような場所が見つかればいいのだが。
 そんなことを考えながら、俺は足を進める。見通しのよい草原側には危険な生き物の姿はなかったので、森にさえ分け入らなければそうそう危険な魔物に襲われることも無いだろう。それだけでも、随分と心が安らいだ。
 とはいえ、周囲への用心を怠ることはせずに、俺は足を動かし続ける。爽やかな空気には緑の匂いが色濃く混じり、俺の鼻をくすぐった。
 しばらく歩き、俺は足を止めて一息つく。
「ふぅ……」
 振り返ってみれば、地面一面を覆う草に、ブーツに踏まれた足跡が点々と付いていた。既に出発点は遠く、足跡は視認できる範囲の外にまで及んでいる。そして俺の片側には、歩けど歩けど鬱蒼とした森が広がっている。地図に描かれた面積からも想像はついていたが、本当に大きな森なのだろう。迷ったのも無理は無いか、と自分を少しだけ弁護してみる。
「さて、日暮れまでにはいい場所を見つけないとな」
そう言い、気合を入れなおして再び足を踏み出す。しばしの間、俺は草を踏む音を聞きながらもくもくと歩いた。
だが、目に移る景色にはまったくと言っていいほど変化がない。目の前にも、背後にも広大な森と、草原が広がっているだけだった。
「ううむ。平原なんだろうから仕方ないが、洞窟みたいな場所はないな。贅沢は言うつもりないけど……夜露くらい、防ぐ場所はないもんか」
単調な景色に少々の飽きを感じ、それは俺の中で次第に焦燥へと変わっていく。森を抜け出し、歩き出してから随分と時間が経っている。あまりぐずぐずしていると、すぐに日が暮れてしまうだろう。
「これ、結構まずい状態なんじゃないのか?」
 そんな不安が忍び寄り始めたのを感じ、俺は気を紛らわせようとして空を見上げる。
「ん?」
と、視界を埋め尽くす水色の中、一本の白い線が真っ直ぐ上空へと延びているのに気付いた。ゆらりゆらりとわずかに揺れながらも、線は途切れることなく立ち昇っている。
「あれは……」
 目を凝らしてみるまでもなく、すぐにそれは大地から昇る煙だと分かる。俺の位置からはちょうど木々に隠されているせいで煙の根元を見ることは無理だったが、どう考えても自然のものではない。人為的に起こされた炎が生み出すものだ。
「まさか、こんな所に人が?」
 思わず疑問が口をついて出たものの、そうとしか考えられない。なら、上手く行けば一夜を過ごす場所を借りることができるかもしれない。もしそれが無理でも、森の抜け方を教わることくらいは望めるだろう。
 不意に舞い込んだ幸運と、それが生み出す希望に俄然元気が沸いてくる。逸る気持ちを抑えられず、俺は疲れも忘れて駆け出した。
行く手の先、立ち並ぶ木々が半島のように大きく突き出し、視界を遮る森の部分を回りこむ。
ゆるくカーブを描くように森の木々が立ち並び、一際開けた空間が俺の前に姿を現す。
そして、その緑の丘の中に一軒の家がぽつんと建っているのが目に映った。
「よし!」
 全力疾走で荒くなった呼吸を整えるのも忘れ、俺は快哉を叫んだ。走る勢いを緩めぬまま、なだらかな斜面となっていた草原を駆け下りる。途中何度ももつれそうになる足に心の中で舌打ちをしつつ、ただひたすら大地を蹴り続けた。その間にも、一軒家は屋根に付けられた煙突から、白く細い煙を澄み切った空へと昇らせ続けている。
 どんどん視界の中で大きくなっていく建物を正面に捉え、俺はさらに脚へと力を込める。森の中を彷徨い歩いてさっきまで疲れ果てていたはずなのに、現金な俺の身体はいつも以上の速さで足を動かし、斜面を駆け下りていった。
 足下が斜面から平らなものに変わったことすら気に留めることもなく、俺はまるで突進するような勢いで進む。
「はぁ……はぁ……着いた……」
 家のすぐ側までやってきた俺は、ようやく足を止めた。荒い呼吸を整えることすらもどかしく、目の前の建物を顔を上げて間近で眺める。
褐色の木組みと白い漆喰で固められた壁に、赤く塗られた屋根を乗せた可愛らしい造りの二階建て。木組みの窓には硝子がはめ込まれ、正面には両開きのドアが見える。屋根からはレンガで組まれた煙突が突き出し、いまだ白い煙を吐き出している。家人の趣味なのか、家の周りにはいくつもの花壇や鉢があり、色とりどりの花を咲かせていた。
壁や屋根には所々風雨に晒された影響は見えるものの、おんぼろという印象はない。こんな辺鄙な場所に立っていることを考えれば、十分に綺麗な建物といえた。どうやらこの家は主によってよく手入れされているようだ。
と、家の外観を眺めていた俺は、奇妙なものに気がつく。
「ん?」
近づいてみると、それは小さな看板だった。壁から垂直に突き出された棒の下に釣り下がる形で取り付けられており、時折吹く風に揺られて金具がきいきいとかすかな音を立てている。
木の板で作られたそれには腐らないようにニスが塗られ、四隅には小さな飾りのついた金属枠で補強されていた。愛着があるのか、建物以上によく手入れがされており、板には目立ったキズ一つない。
そして、そこには同じく切り出した金属による文字が打ち付けられ、こう綴られていた。
「……『宿』?」
 何度も読み返してみるが、その短い単語はどう見てもそうとしか読めなかった。確かに言われて眺めなおしてみれば、二階建ての建物は普通の家族が暮らす民家よりも少々大きいような気がする。とはいえ、町の宿屋ほどではないので、宿と言ってもあくまで民宿程度、なのではあろうが。
 もう一度だけ看板の文字を読み、俺は腕を組んで唸る。
「宿、なあ。しかし……こんな場所に?」
草原の真ん中にぽつんと建つ宿屋。あまりにも場違いな――だが、今の俺にとっては願ってもない――ものの出現に、思わず戸惑う。まさか化かされているわけではなかろうが、誰も知らないようなこんな場所で宿をやって、泊まりに来るくるような客がいるのだろうか。
「っと、ここに一人いたか」
 自分で自分の言葉に思わず苦笑しつつ、俺はひとまず宿屋の看板を下げるこの妙な家を調べることにする。
 正面に見える壁には木組みの枠に硝子のはめられた窓があるのが見えるが、カーテンが閉められているため、中の様子を窺うことはできない。であれば他の窓はどうかと思い、ぐるりと家の周りを回ってみるが、どれも同じくカーテンが引かれてしまっていた。
「ううむ?」
一瞬、よもや空き家なのではないのかという考えが浮かぶ。だが、先ほどから煙突よりたなびく煙は途切れることなく、家を取り囲むように置かれた花壇の土はついさっき水を吸ったばかりのように湿っている。さらに二階のベランダに目を向ければ、干されたシーツが風を受けてたなびいていた。その光景を見るに、誰かが住んでいるのは間違いない。
 そんなことを考えているうちに、いつの間にか俺は家の周りを一周し、元の場所に戻ってきた。腕組みをして唸り、もう一度視線を向けると、先ほどと同じく、吊り下げられた看板が風に揺られているのが見える。そこに書かれているのは当然、先ほどまでと変わらぬ「宿」の文字。
 しばしの間、看板を睨んでいた俺だったが、こうしていても埒が明かないだろうと考え、いっそドアを叩いて声をかけてみようかと思う。
こんな所にある以上、ただの宿ではないのかもしれないが。魔物がうろつく森を彷徨うよりはましだろう。
まだ太陽は高いとはいえ、日暮れまでの時間もそれほど残されているわけではなし。どちらにしろ、道に迷っているというだけで今の状態は最悪なのだ。これ以上悪いことにはならないだろうと自分に言い聞かせる。
選択肢は無いに等しいんだからな。
そう考えをまとめ、自分を無理やり納得させる。一つ頷くと俺は玄関へと向かうべく、足を踏み出した。
と、ちょうどその時、かちゃりと金具を外す小さな音が辺りに響く。
「お?」
 思わず足を止め、俺は吸う保崎の距離にあるドアを見つめる。俺の視線の先で戸板に付けられた金属製のノブが動き、玄関のドアがゆっくりと開いていく。
「……っ!」
 家の中から現れた人影に、俺は思わず声を上げそうになった。慌てて口元を塞ぎ、漏れそうになった声をかみ殺す。幸いにも、相手に気付かれた様子はなかった。
 心中で安堵に息をつき、素早く俺は建物の陰に隠れる。そっと顔を出して様子を窺い、相手がこちらに気付いていないことを確認した俺は、再び視線の先にある人物に意識を向ける。
 建物から現れた影――俺の目に映っているのは、一人の少女だった。
いや、「少女」といっていいのかどうか。
ぱっと見ただけでも、彼女が人間ではないことははっきりと分かった。この距離からでも、俺の目に映るものが、人とは異なる姿をしているのがはっきりと見て取れる。
 どことなくあどけない印象を持った顔は、人間のそれとまったく変わらないものの。まるで綿のような印象のふわふわの髪からは硬質な角が二本、その姿を現している。くるりと巻いた角は光の加減か、黄金色に輝いているようにも見える。そしてもみあげの後ろ辺り、人間であれば耳のある場所からは白い毛に包まれた三角形の耳がちょこんと覗き、時折ぴくぴくと動いていた。
 そして、人にあらざる姿なのは頭だけではなく、その身体もだった。
人間ならば十六、七くらいの歳だろうか。ゆるく曲線を描く肩や、くびれた腰、肉付のよい太ももなどは人と同じ肌の色をしているが、胸や二の腕といった体のあちこちからはもこもことした毛が生え、まるで雲を身体に纏っているようだ。腰の後ろは、腕や胸と同じく純白の羊毛がスカートのように広がり、そこから足がすらりと伸びる。長いブーツのようにひざ下を覆うふわ毛の先からは黒く、硬い蹄がわずかに覗いていた。
その各部分は、まるで羊のそれだった。
獣と人間を混ぜ合わせたような、奇妙な少女の身体。その姿を見た瞬間、俺はある言葉を思い浮かべた。
――「魔物」
 人間の女性に似た姿を持ちながら、しかし決して人ではない異形の存在。人を襲う危険な存在として冒険者や旅人のみならず、世の人々皆が忌み恐れているものたちである。
 無意識のうちに、つばを飲み込む。人間の少女に似た姿をしているとはいえ、相手は異形の存在。彼女がこちらに気付いていない幸運に感謝して、この場からすぐに立ち去るべきなのだろう。
 が、そうした考えとは裏腹に、俺の足はその場に根を張ったかのように動こうとせず、視線はただ少女の姿に縫いとめられていた。
 危機感がなかったわけではない。それでも俺にはすぐにこの場から去ろうという気はなかった。それは道に迷っていたせいもあったが、それ以上に、目の前の魔物は今まで聞いた話とは違っていたからだった。
 顔立ちだけなら人と変わらないそこには、暖かな陽射しのような微笑が浮いている。眠いのか、その瞳は薄められ、穏やかな呼吸に胸が小さく動いていた。
手足を覆うもこもこの毛に赤いリボンが結ばれているのは、人間の少女と同じくおしゃれのためだろうか。腰にまとうフリルのついた小さなエプロンは彼女の羊毛に勝るとも劣らぬ純白で、染み一つなく清潔に気を遣っているのが一目見ただけで分かる。エプロンのポケットから覗くのは裁縫道具だろうか、それだけでも彼女の家庭的な性格が分かるようだった。
 いまだに俺の存在に気がついた様子はなく、羊の少女は陽射しを見上げ、眩しそうに目を細める。暖かな太陽の光を吸い込むような羊毛は、見ているだけで眠気を誘うようだ。
「ふぁ……」
 そして眠そうな表情どおり、可愛らしいあくびを一つ。少女は小さく涙の浮いた目元を手の甲でごしごしとこすり、眠気を拭おうとしていたようだったが、それでも足らないとばかりに目をしょぼしょぼさせた。
 その仕草を見て、俺はますますあの少女が悪いものとは思えなくなった。
そもそも魔物という存在を知識としては知っていたものの、実際にその姿を俺が目にするのはこれが初めてなのだ。もっとこう、邪悪で恐ろしいものを想像していた俺にとって、奇妙な姿ではあるが、穏やかな表情をしたあの少女が人を襲い、害すようなものにはどうしても見えない。
 考えるよりも先に、俺の足は動き、建物の陰から姿を現していた。それでもまだ、羊の少女はこちらに気付いていないようで、あさっての方を向いたまま、その身に陽射しを浴びている。
思い切って声をかけようかと考え、俺は口を開こうとする。
と、その瞬間。ようやくこちらの視線に気付いたらしい羊の少女がこちらに顔を向けた。
首に結ばれた真っ赤なリボンと、そこに付いた金色のベルが彼女の動きに合わせてちりんと涼やかな音を立てる。小さなはずのその音は、俺の耳に妙にはっきりと届いた。
「はれ?」
 どこか間の抜けた、疑問の音。薄めながら真っ直ぐに向けられた彼女の視線と、俺の目が合う。
「あ……」
 声をかけようとしたところで出鼻をくじかれ、俺は間抜けな声を出してしまう。何か言うべきなのだろうが、妙な緊張が喉を干上がらせ、上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。
そんな俺を見、羊の少女は小さく首をかしげる。無邪気な子どもがするような、可愛らしい仕草。こうして間近で見てみると、魔物である彼女は、人とは異なる姿形でありながら、人を安心させるような不思議な魅力を持っていた。
思わず身構える俺とは対照的に、彼女はわずかな警戒の色すら浮かべることなく微笑んだまま、会釈をする。
「こ〜んに〜ちはぁ〜」
 体に纏った羊毛と同じく、ふわふわとした印象の声。やわらかな響きは、彼女の性格をよく表していると思えた。
「あ、ああ。こ、こんにちは」
 彼女に釣られ、俺も反射的に挨拶を返す。その言葉に一際明るい笑みを浮かべた。なんだか気恥ずかしくなって、顔が熱くなってしまう。
 そんな俺にかまわず、羊の少女はゆっくりとした足取りでこちらに歩み寄ってくる。俺のすぐ側まで近づいた彼女は、にこぉ〜っ、と、蕩けるような笑みを浮かべた。何がそんなにうれしいのか、まったく邪気のない、温かな笑顔。
思わずこちらまで頬が緩んでしまいそうになる。
「ようこそぉ〜。旅人の憩いの場、『しーぷのやど』に〜。お客様、ですか〜?」
 子どもっぽさを残した顔立ちや、ふわふわの毛に包まれた姿にぴったりな、妙に間延びした喋り。彼女は腰の尻尾を振りながら、こちらに微笑みかける。
「あ、いや。俺はその……」
 どう説明したものか迷い、俺は言葉を詰まらせる。ともあれ、まずは最初の疑問を解決しようと、俺は目の前の少女に尋ねた。
「ええと。というか、やっぱりここは宿屋なのか?」
「そーですよぅ。ほら、看板にもちゃんと書いてあるでしょう〜?」
 わずかに「なにを当然のことを」といった調子を声ににじませ、羊の少女が答える。彼女はくるりと家に向き直ると、金属板で文字が書かれた看板を得意げにぴっと指差した。
「あ、うん。そうだな」
 羊の少女の指差す先、宿の看板を見、俺は曖昧に返事をする。それに再びこちらを向いた彼女が期待に満ち溢れた表情で言葉を続けた。
「それで〜、お客様はご休憩ですか〜? それともぉ、お泊りですか〜?」
 きらきらと瞳を輝かせ、尋ねる少女。その顔になんとなく罪悪感を感じて目を逸らしつつ、俺は口を開く。
「いや、悪いけど違う」
「ふぇ?」
 俺の言葉が理解できないといった顔の羊の少女。そこに、俺は言葉を続ける。
「情けない話だけど、ここに来たのは道に迷った結果なんだ。あの森を抜けて、手近な町まで続く道を教えてもらえれば、それでいい」
 宿を見つけた当初は泊まることも考えていなかったわけではないが。ここが魔物の経営する宿だと知ってしまった今は、正直にいって好んで泊まろうという気はなかった。いくら、目の前のこの魔物の少女が悪いものではないように見えても、だ。
この辺りに住んでいるのなら、地理にも詳しいはずだ。幸い彼女は親切そうだし、尋ねれば道を教えてくれるだろう。太陽は中天から動いてしまっているとはいえ、安全で正しい道を聞ければ、夜までに森を抜けることも十分可能だろう。
そう考えた俺はつい、正直に答えてしまったのだ。
だが、それがまずかった。
俺の言葉を聞いた瞬間、少女の顔から笑顔が消え、代わって驚愕と失意が色濃く現れる。
「あの……お客さまじゃ、ないんですか? 泊まって、くれないんですか……?」
「うっ」
悲しげな少女の表情を目にし、俺はようやく自分の失言を悟った。が既に遅く。何かフォローを入れる間もなく、彼女の目に、みるみるうちに涙が浮かんでくる。
「う、ふぇ……」
 さっきまでの笑顔から一転、悲しみに染まった少女の表情に俺が戸惑っている間にも、涙はどんどん湧き出し、瞳に溜まっていく。
そしてついに、瞳の端から大粒の涙が零れ落ちた。すっと一筋、頬を伝って落ちた雫が地面に黒く痕を残す。
「ふ、ふぇぇ……」
 俯き、嗚咽を漏らしながら、少女はぽろぽろと涙を零す。後から後から溢れる涙は頬を伝って雨のように地に降り、点々と地面を染めた。
「まずった……」
 自分の迂闊さに後悔するも、何の役にも立たず。泣き続ける羊の少女の姿は、罪悪感となってナイフのように胸を刺す。
元凶が自分だということもあり、また魔物とはいえ、目の前で泣いている少女を放ってこの場を立ち去ることは出来なかった。それはいくらなんでも無責任すぎる。
ともかく彼女をなだめようと、俺はおずおずと声をかける。
「わ、悪かった。ほ、ほら、泣くなよ」
 少女の震える肩に、おそるおそる手を伸ばす。
だが、その手が触れるよりも早く、羊の少女は俺へと抱きついてきた。
「う、うわっ!」
 予期など欠片もしていなかった少女の行動に、俺は思わず驚きの声を上げる。
「おい! ちょっと!」
俺の声にも少女は構うことなく、柔らかな毛に包まれた両腕を俺の背に回し、しっかりと抱きとめるように力を込めた。自然、互いの身体が密着するような状態になり、たわわな胸が押し当てられる。それを意識した瞬間、俺の口は言葉を途切れさせてしまう。
「う……」
 互いの纏う布だけを挟んで、女性らしい身体のやわらかさと、陽射しよりも温かな体温が伝わる。それだけで、俺は自分の顔が一気に熱くなるのをはっきりと感じた。だが、それも仕方ないことだろう。言い訳でしかないが、男なら誰であろうと女性に抱き付かれれば照れもする。例え相手が魔物だろうと、それはもう、仕方のないことなのだ。しかも、今俺の目の前にいるのは見た目だけなら年頃の少女。なんとも思わないなんてことは不可能だ。
 などと屁理屈を並べたところで、状況には何の影響もなく。
 さらに悪いことには、顔だけでなく俺の身体の一部が少女との密着によって熱を持ち始めてしまったことだ。要は、股間のアレ――男性器である。
「げ、まずい……」
 彼女に聞こえないよう、俺は口の中だけで呟く。
俺が意識した時にはもう、股間のソレは理性の支配を離れてしまっていた。既にズボンの中ではちきれんばかりに膨らんだモノは、下着の布地にぐいぐいと押し付けられて痛いくらいだ。必死で萎えさせようとするも、焦る俺をあざ笑うかのように、まるで独自の生き物のようにどんどんと大きさと硬さを増していく。
気まずさと共に、頭の片隅では自分の節操のなさに呆れてしまう。
それでも、羊の少女は押し当たるソレに気付いていないようであった。あまりに必死なせいで、そこまで気を回す余裕がないのかもしれないが、いくらなんでもこんなに強く押し当てられているモノに気付かないというのは如何なものか。正直、ばれずに幸運だと思うよりも少女の抜け具合が心配になるほどだ。
かといって無理やり振りほどくことも出来ず、俺は彼女に抱きしめられた格好のまま、情けなく腕を伸ばした姿勢でひたすら耐える。
「ひっく、あの、無理にとはいいませんからぁ……。ぐす……せめて少しだけでも、寄っていって、くれませんかぁ……?」
そんな内心の葛藤を知らず、抱きつく羊の少女は切なげに鼻を鳴らし、身体を摺り寄せる。密着した体が揺れ、ズボン越しに彼女の羊毛に包まれた身体の柔らかさが伝わる。わずかな振動が生み出す刺激すら、敏感になったモノには強烈な快感となって襲い掛かる。
 非常にまずい。既に理性は細い綱一本で繋ぎとめられているような危うい状態であり、このままではすぐにでも彼女に襲いかかってしまいそうだ。相手から抱き付かれたとはいえ、いくらなんでも初対面の少女を押し倒してしまうのは人としてダメだろう。
「あの、な。ちょっと落ち着いて……」
 残った理性を総動員し、俺は羊の少女に言葉をかける。
「ひっく、ぐす……」
俺の言葉に、少女の意識がこちらに向けられる。上目遣いに俺を見つめる少女の瞳に一瞬胸が大きく動いたが、なんとか冷静さを保つことが出来た。
瞳いっぱいに涙を溜めた少女がこちらを向いたのを認め、俺は口を開いた。
「その、な? 正直なところ宿に泊まれるほど路銀に余裕もあるわけじゃないんだよ」
「ぐす、……それなら御代はお安くしますからぁ……ちょっとだけ、ちょっとだけ寄っていってくれませんかぁ……」
 鼻をすすりながら懇願する少女に、どうしようもなく罪悪感を抱く。幼い子どもに言い聞かせるように、なるだけ優しい声で、言葉を選んで言う。
「悪いとは思うけど……出来れば今日中に町に着きたいんだ。正しい道を教えてもらって、いますぐ出ればぎりぎり夜までに間に合いそうだし」
「ふぇ……」
「な、泣くなよ……本当、すまないとは思うけど……」
 相手の反応を見つつ、慎重に説得を続けようとする。
だが次の瞬間、俺は不意にこみ上げてきたものに、言おうとしていた言葉とは別の音を漏らした。
「ふ、ふぁ……」
 間の抜けた音は、噛み殺しきれなかった欠伸のもの。きょとんとした表情で俺を見る羊の少女以上に、こんな場面で欠伸を漏らした自分自身が驚きを感じていた。同時に、異常なまでの倦怠感が身体に押し寄せてくる。
(……なんだ? 急に、眠気、が……)
 困惑する間もなく、強烈な眠気が意識を侵していく。身体からは力が抜け、ぐらぐらと揺れている。思わず、目の前の少女の肩に置いた手を支えに踏ん張ろうとするが、俺の足はまるで期待にこたえてくれなかった。気を抜けば崩れそうになるところを、なんとか堪える。
(歩き通しで疲れたからか? でも、それに、しても……。なんか、妙、な……)
 黒く塗り込められていく頭を必死で働かせるが、思考が纏るよりも早く、眠気が糸を切り離していく。目の前の光景がどこか遠くのもののように感じられ、急速に現実感が喪失していく。
 そしてついに、立っているだけの力すら失った俺は、目の前の羊の少女の身体にもたれるような形になってしまう。
「ひゃぁ」
わずかに驚きの声を上げながらも、羊の少女は俺の身体を抱きとめる。頬に彼女の柔らかな羊毛が当たり、やさしく受け止める。
「だ、大丈夫ですかぁ?」
 その問いかけにも、答えるだけの力は残されていなかった。曖昧に頷いただけで最後の力も失われたらしく、彼女の肩に置いた手がだらりと下がったのがぼんやりと分かった。
最早ほとんどの力を失った俺を、少女は華奢な見た目とは裏腹の力で驚くほどしっかりと支える。見た目はあどけない少女でありながら、そこには誰もが安堵するような安心感が満ちている。それに後押しされるように、俺の眠気はさらに強烈なものとなっていく。
(…………)
 意識を塗りつぶす眠気に何かを考えることすら出来ず、俺は彼女に抱きすくめられたまま、ゆっくりとまどろみに落ちていった。

・・・・・・・・・・・・

「はっ!?」
 突然戻った意識に、思わず声が出る。その音を耳が捉え、俺は眠りから覚醒した。
 瞼を開き、焦点が合うのを待たずに目の前の光景を理解しようとする。ぼやけた視界に映ったのは、濃淡混じった茶褐色だった。
やがて目の中できちんとした像が結ばれると、それは細い木材が縦横に組まれているのだと分かった。俺は鈍った頭でそれを理解すると、ぽつりと言葉を漏らす。
「ああ、天井か……」
天井が見えるということは、仰向けに寝ているのだろう。柔らかく身体を包む感覚を伝えてくるのは、おそらく布団かなにかだろう。
そう思って見てみると、やはりベッドに敷かれた布団と、掛けられた布団の間に挟まっている自分の姿があった。
「随分、ちゃんとした寝具だな……こんな高級品で寝るの、生まれて初めてだ」
体温が移った布団は春の日差しのように温かく、抜け出しがたい魔力に満ちている。名残惜しみつつ腕を出すと、ふわふわの掛け布団がめくれた。すべすべの表面に手を這わせ、撫でるように動かす。手触りからだけでも、上物らしいと思えた。
「しかし何か、妙な夢を見ていた気がする……」
 呟いてみたものの、まるで覚えていなかった。記憶の断絶に多少の混乱を感じつつも、俺は眠気を払おうと、目元をごしごしと擦る。
 それでもなお、身体を包む寝具の心地よさのせいか拭いきれない眠気がわずかに残る。気を抜けば二度寝してしまいそうだった。頭を預けた枕からはかすかにいい匂いがして、思わず瞼を閉じそうになってしまった。
「って、違う違う!」
危うく再び眠りこけそうになるのを堪え、声を共に瞳を見開く。掛けられていた布団を跳ね飛ばして勢いよく上体を起こすと、ばさりと空気が鳴った。
「ここは……」
 ベッドから降り立ち、周囲をぐるりと見回す。
どうやら俺はそれほど広くない一室の中にいるようだった。ぱっと見た感じ、典型的な宿の一室のように思える。
「ということは、ここはあの子の家、いや宿か」
 自分の言葉に頷きつつ、さらに部屋の中を観察する。綺麗に掃除された室内は、壁にも天井にも装飾の類は一切なく、素朴な印象を受ける。家具はといえば先ほどまで寝ていた木製のベッドとその脇に置かれた小さなタンスがあるだけで、引き出しの中には何も入っていなかった。どれもごくありふれた品のように見える中で、先ほどまで自分を包んでいた布団だけが、場違いなほど上物に見える。
「……まあ、そういうこともあるか」
 多少は気になったが、考えても意味の無いことと思い、俺は視線をずらす。すぐ側、枕もとの壁からはハンガーが下げられ、見覚えのある上着とマントが掛けられていた。
それを目にし、今更ながらに俺は上半身に来ているものはシャツだけだったことに気付く。よもやと思い下半身を見るが、どうやらこちらは脱がされてはいなかったようだ。ただナイフの鞘はベルトから外され、ベッド脇に置かれている。それと、靴はベッドの横の床に綺麗にそろえられていた。
ふと思い立ち、視線をさらにずらす。壁にはめ込まれた木枠の窓の外は、既に黄昏の色に染まっていた。道理で室内が薄暗いはずだ。
「しまった……」
 完全に寝過ごしたようだ。今から大急ぎでここを出ても、とてもじゃないが完全に夜が来る前に森を抜け、町にたどり着くことは不可能だろう。森のど真ん中で夜になってしまうのは確実だ。それくらいならむしろ、ここで一晩明かした方がずっと安全だろう。
「結局、あの羊の子の望み通りになっちまったか」
ぼやきつつ、俺はそういえば彼女の姿がないことに気付く。狭い室内に俺以外の姿はなく、何の物音もしない。ベッド脇の棚の上に置かれたランプの中で静かに炎が揺れているだけだった。薄暗い中、鮮やかな橙色が光を放ち、壁に影を浮かび上がらせている。
「外か?」
視線の先には、金属製のノブがついた扉が見える。俺はハンガーから上着だけを取り、羽織ると扉に向けて歩き出した。
 軋んだ音と共に扉を開き、廊下へと出る。正面の壁には燭台が付いているが、灯は灯っていない。薄暗くて少々分かりにくいものの、短い板張りの廊下の先には階下への階段が見えた。階段の壁には申し訳程度の装飾として、小さな額縁が下げられている。
反対側に目を向ければ、俺が寝ていた部屋の隣にもう一部屋、客室があるようだ。廊下の長さや、外から見たところから推測するに広さはおそらく同じくらいだろう。個人用の部屋が二階、数人泊まれる部屋は一階と分けられているのだろうか。
「まあ、そんなことはどうでもいいか」
後ろ手にドアを閉め、一階へと向かう。木製の階段は踏みしめるたびにぎしりぎしりと音を立て、それが暗がりの中、妙に大きく響いた。
ぐっすりと眠ったせいか、身体の調子はすこぶるいい。この分なら、明日の行程も多少は楽になるだろう。
階段を降りきると左右に延びる玄関と、正面に玄関が見えた。玄関脇には靴箱が置かれ、受付らしいカウンターがあるのが分かる。
近寄ってみるとカウンターの天板には塵一つ落ちておらず、花瓶に活けられた花がほのかに香気を漂わせている。その横には、台帳らしき本が一冊と金色の呼び鈴が置かれていた。
「いない?」
 てっきり件の少女はカウンターにいるとばかり思っていた俺は、その姿がないことに肩透かしを食らった気分になる。
はて、と俺は考え込む。カウンターにいないどころか、一階にも明かりがついていないことを見ると、留守なのだろうか。
「それはないと思うが……」
 昼間の少女の様子を思い返し、呟く。少女の言葉や態度からするに――閑古鳥が鳴いているような宿屋にとって――俺は待望の客なはずだ。それをほったらかしにしてどこかに出かけるとは考えにくい。
「ん?」
 考え込む俺の耳に、ふと小さな音が届く。最初は気のせいかと思ったが、耳を澄ませてみると確かに、ぱちぱちという音が聞こえてきた。
「この音は」
 その正体に、俺はすぐに気がつく。旅人なら聞き馴染んだ、穏やかに燃える炎が鳴らす音だ。それも家の中で鳴っているのだから、焚き火ではなく暖炉の類なのだろう。そういえば、この宿には煙突が付いていたなと思い出す。
「こっち、か?」
 左右に延びる廊下に目を向け、炎が爆ぜる音のするほうへと歩き出す。
 廊下の先、すぐに突き当たったドアはわずかに開き、隙間からは橙色の灯りが漏れ出ていた。俺はそっと手を伸ばし、ノブを掴む。静かにドアを押し開けると、室内へと足を踏み入れた。
 客室よりもぐっと広い室内は、食堂とリビングを兼ねたような場所だった。長いカウンターにくっつけられるような形で大きな長方形のテーブルが置かれ、椅子が三個ずつ、向かい合うよう綺麗に並べられている。その向こうには厨房らしき場所へと続く入り口があり、部屋の反対側にはローテーブルとソファ、そして予想通り壁に据え付けられた暖炉が見えた。
レンガを積んで組まれた暖炉を鉄製の柵がぐるりと取り囲み、その中では炎が煌々と燃えている。
「くぅ……すぅ……」
 そして、暖炉の前に置かれたソファには背にもたれ、沈み込むような格好で瞳を閉じる羊の少女の姿があった。どんな夢を見ているのか、幸せそうな表情を浮かべ、時折耳がぴくぴくと動く。少女の小さく開いた口からは、可愛らしい寝息が漏れている。
 近づいた俺に気付いた様子もなく、無防備に眠る少女の姿を見下ろし、俺は腕組みして嘆息する。
「なんかここまでぐっすり寝てるのを見ると、起こすのもかわいそうだな」
 とはいえ、このまま黙って宿を借りるのも居心地が悪いし、夜の帳が降り出した外に今から出るつもりも無い。状況から見て、おそらく睡魔に襲われた俺をベッドまで運んでくれたのはこの少女なのだろうし、お詫びとお礼の言葉は言っておかなければいけないだろう。
 そのためにはこの少女に起きてもらわなければならないのだが、流石にこれだけ熟睡しているのをこちらの都合で起こすのは悪い気がする。
「どうしたもんか」
 眠る少女を見下ろし、もう一度溜息をつく。
と、その音に反応したのか、閉じられた瞳を縁取る長いまつげが揺れ、ふわふわの髪から覗く羊の耳が大きく動いた。
「ふぁぁ……」
 可愛らしい欠伸と共に生まれた涙がまつげに浮かぶ。少女は大きく伸びをすると、ゆっくりと瞳を開いた。そのままぼんやりとした表情で、周囲を見回す。
「ふみゅ」
 いまだ半ば夢心地といった感じで、少女は口元をもごもごと動かし、もう一度可愛らしい欠伸をする。その拍子に彼女の胸元、リボンに付いたベルがちりんと鳴った。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、最後に大きく瞳を開く。おっとりとした水色の瞳が俺の顔を認めると、羊の少女はにこぉっ、と嬉しげな笑顔を浮かべた。
「あ、おはよう、ございますぅ」
「もうすぐ夜だけどな」
 間延びした声に、ついそう返してしまう。しかし少女は気にした風もなく、にこにこと笑顔を浮かべたままソファから立ち上がった。
「あらら、ついうとうとしちゃったみたいですね〜」
 薄暗い部屋の中と、夜の色をし始めた窓の外の空を見、羊の少女はぺろりと小さく舌を出す。
「ついって……まあいいか」
 先ほどまでの熟睡ぶりから思うに、かなりの時間寝ていたに違いないのだが、同じく寝ていた自分が言えた義理ではないことを考え、俺は口をつぐむ。
「あのぉ、ダリオ、さん?」
「ん?」
 かけられた声に、俺は彼女に意識を向けなおす。そしてふと、彼女が口にした言葉の違和感に気付いた。
「あれ、そういえば俺の名前……言ったか?」
 眠ってしまう前の記憶はあやふやな部分もあったが、確かまだ名乗ってはいなかったはずだ。その言葉に羊の少女は少しだけ慌てた素振りを見せながらも、疑問に答える。
「あ、えっとぉ。さっき、ナイフの柄にそう彫られていたのを見たので……。違いましたかぁ?」
 少女の答えに、俺はなるほどと納得する。確かに、ナイフの柄には自分の名前が刻んであった。俺をベッドに運び、服を脱がせた際にでも目にしたのだろう。
「いや、違ってない。悪かったな。わざわざベッドまで運んでくれたんだろ? なんだ……ありがとう」
 彼女の言葉を肯定し、お詫びとお礼の言葉を伝える。それに羊の少女は安堵の笑みを浮かべた。
「よかったぁ……。勝手なことしてご迷惑じゃなかったかなあって、ちょっと心配してたんですよぉ〜」
 その割には随分とぐっすり眠っていたようだが、別につつくようなことでもないので流すことにした。とりあえず、彼女に余計な手間と心配をかけたことにもう一度謝っておくことにする。
「そっか、すまん」
「いいえ〜、謝らないでくださいよぉ。私こそ、お急ぎのようなら起こして差し上げるべきだったんですが〜」
 窓の外に視線をやる彼女に続いて、俺も外を眺める。すっかり暗くなった空は、もう完全に夜となっていた。正直なところ、懐具合にそう余裕があるわけではないのだが……今夜はここに厄介になる意外、選択肢はなさそうだ。
「気にするなよ。元々寝ちまったこっちが悪かったんだしさ」
 苦笑して言う俺に、少女も同じく苦笑いを浮かべる。
「そう言っていただけると、救われますぅ」
 どうやらこちらが思っていた以上に気にしていたらしい。ほっとした様子で、少女は胸を撫でおろす。
「って、あ」
 と、何かに気付いた少女はしまったといった表情を浮かべ、口元に手をやる。突然どうしたのかときょとんとする俺をよそに、彼女はわずかにばつの悪そうな顔をして言う。
「そういえばちゃんとご挨拶してませんでしたねぇ」
「あ〜」
 そういえば、俺はまだ彼女の名前も聞いていなかった。出会いが出会いだったし、そもそも元々道を尋ねるだけのつもりだったから、当然といえば当然なのかもしれないが。
 居住まいを正し、羊の少女はエプロンの端を摘まんでぺこりとお辞儀をする。
「ようこそ、『しーぷの宿』へ〜。私はこの宿の主、ワーシープのペコラ。ペコラ=クイエートといいますぅ」
「んじゃ、こっちも。ダリオ=ウィーラントだ」
「ダリオさま、ですねぇ〜。かっこいいお名前ですぅ」
 ペコラと名乗ったワーシープの言葉に、妙に顔が熱くなる。今までも客にそういう世辞を言う宿は多かったが、おそらく今回は彼女の性格からして本心でそう思っているのだろう。
それが余計に照れくさい。
「そ、そっか? まあ、一晩限りの付き合いだろうが、よろしくな」
「はい〜、狭苦しい所ですが、精一杯おもてなしさせていただきますので〜、こちらこそよろしくお願いしますぅ」
 笑顔で言うペコラ。その表情は単なる来客対応のものではなく、本当に客である俺をもてなすことが出来て嬉しいのだろうと感じさせた。そこまで喜んでもらえると、こちらとしても悪い気はしない。
「あ、大事なことをもう一つ忘れてましたぁ。ちょっと待っててくださいね〜」
 そう言い残し、ペコラは部屋を駆け足で出て行く。今度は何だろうかと思いながら、俺はペコラの出て行った扉を見つめつつ、言われたとおりにその場に佇む。
「お待たせしましたぁ」
 程なくして戻ってきたペコラの手には、先ほどフロントのカウンターで見た冊子と、ペンがあった。それを目にし、俺は彼女の意図を察する。
「ああ、宿帳か」
 宿に泊まる際には、受付で宿帳に名前を書くのが通例だ。魔物の少女が経営するここも宿である以上、それは同じなのだろう。
「はい〜。お客様、ご面倒ですが、こちらにお名前をお願いしますぅ〜」
「はいはいっと」
 差し出された宿帳を受け取り、開く。
「……」
その中は見事なまでに真っ白だった。それはそうだろう。こんな所にある宿に泊まりに来る人間など、俺のような希少な例以外にいるはずがない。そもそも、この宿の存在を知っている人間なんて、いやしないのではないだろうかとすら思える。
 まあ、自分がこの宿の宿泊客第一号になれたというのは、ある意味光栄なことなのかもしれない。そんなことを思いながら、俺は紙にペンを走らせる。
 さらさらとかすかな音を立てながら、純白のページの一番上に名前を記す。新雪に足跡を残すような、ちょっとした優越感。
「っと、これでいいか?」
 書き終わった宿帳を閉じ、ペンと共にペコラに返す。彼女は俺の手から受け取ったそれを開き、一ページ目に記された名前を見て嬉しそうに微笑んだ。
「はい〜。確かに。『ダリオ=ウィーラント』さま、一名様ですね〜」
 俺の名前を、愛しげにそっと指でなぞる。
 恋する乙女のようなその表情に、訳も無く胸が高鳴った。内心の動揺は顔に出てはいなかったと思うが、俺は何となく俯きペコラから視線を外す。視界の隅に、不思議そうに小首をかしげるワーシープがわずかに映った。
「どうしましたかぁ?」
「いや、なんでもない」
 ペコラの疑問を、俺は首を振ってかわす。わずかにきょとんとしていた彼女だったが、気にするほどのことでもないと思ったのか、もう一度だけ首を傾げただけで、それ以上の追求をしてくることはなかった。
「あ、すみません。すぐに夕食をご用意しますので、お待ちくださいねぇ」
 キッチンへと消えていく彼女を見送り、それからソファに腰を下ろす。暖炉の中でいまだ勢いを衰えさせない炎がぱちぱちと音を鳴らしていた。程よい熱を肌に感じながら、俺は何の気なしにテーブルの上に乗っていた本を手に取る。
「……『マリオネットは魔物羊の夢を見るか?』 なんだこれ?」
小さなその本は、どうやら小説のようだった。何度も読み返されたのか、ずいぶんとくたびれており、表紙の色は掠れている。
 帯の見返しに記されたあらすじにざっと目を通した所、この物語は魔物を掴まえることで生計を立てていた賞金稼ぎが一人の少女型ゴーレムと出会い、次第に人間らしさを増していく彼女と惹かれあっていくという恋愛物のようだ。ヒロインが魔物という話は珍しいが、発行者のところに『リャナンシー』と書かれているのを見ると、どうやら出版には魔物が関わっているらしい。確かに、それならなるほどと頷ける。
「ふむ」
魔物の書いた本という物珍しさにもつられ、食事の支度が整うまでの時間つぶしにでもと思い、俺は手に取った本のページをめくった。ソファに背を預け、紙面に記された文字を追っていく。
 読書などほとんどしたことのない俺だったが、読み始めてみるとこれが意外と面白い。あっという間に物語に引き込まれた俺はページをめくる手を止めることなく、ひたすらに文字を貪った。
 そんな俺の耳に、のんびりとした響きが届いた。
「おまちどうさまです〜、ご飯が出来ましたよ〜」
 その声が時間を忘れ、読書に没頭していた俺を現実に引き戻す。首をめぐらしてみると、いつの間にか食卓にはいくつもの料理が並べられ、温かな湯気を立てている。
物語の続きに後ろ髪を引かれる思いを感じつつ、本に栞を挟みこむ。俺は小説をテーブルの上に戻すと立ち上がり、食卓へと向かった。
「おおっ」
 テーブルの上の料理を目にし、俺は思わず感嘆の声を漏らす。シンプルだが品のよさを感じさせる皿や器の上には、パン、スープ、ソーセージ、川魚のフライ、サラダ、果物と祭りの時にでも出されるような様々な料理が並んでいる。同じくテーブルに置かれたグラスには、透き通った紫色の液体が注がれている。芳醇な香りがするそれは、上物のワインだった。
「すごいな、これは」
 数々の料理に目を奪われ、俺は素直に賞賛の言葉を口にする。こんな豪勢な夕食、貴族の泊まるような宿ででもなければお目にはかかれないだろう。
俺が席につくと、厨房の向こうから両手に料理の載った皿を持ったペコラが現れた。彼女は皿をテーブルに置くと、恥ずかしそうに頬を染めて言う。
「えへへ。宿を開いてはじめてのお客様ですから、がんばっちゃいました〜」
「そっか」
 そっけなく言いつつも、俺はペコラの言葉に素直に嬉しさを感じた。例えお客相手に対するものであっても、女の子が自分のために料理を頑張ってくれるというのは嬉しいものなのだ。一部悲しくなるような言葉が混じっていた気がしたが、そこは聞かなかったことにする。
最後の皿を並べ、ペコラはエプロンを外すと向かい側の席に腰を下ろす。彼女は俺の顔を見つめ、相変わらずの穏やかな笑顔のまま、口を開いた。
「それじゃ、冷めないうちにめしあがれ〜」
「ああ、いただきます」
 ペコラに促され、俺は手にしたフォークでソーセージを突き刺す。はちきれんばかりに中身がつめられたソーセージにフォークの先端が刺さり、皮が破れ、わずかに肉汁が跳ねた。
「それ、私の手作りなんです。自信作なんですよ〜」
 にこにこ笑顔のペコラの言葉を聞きながら、俺は小皿の調味料をつけ、ソーセージを口に運ぶ。ぷつんと音を立てて皮を噛み千切ると肉汁が溢れ、味が口いっぱいに広がった。よく火の通された肉は弾力に富んで中は柔らかく、わずかに感じる香辛料がほどよいアクセントになっている。
「うん。うまい」
 短いが、偽らざる正直な感想だった。それにペコラはぱあっと顔を輝かせる。
「よかったあ。お口にあったようで、なによりですぅ」
「いや、本当にうまいぞ、これ」
「えへ。そういってくださると私も嬉しいですぅ。腕によりをかけた甲斐がありましたぁ」
もっと気の利いたことを言うべきなのかもしれなかったが、そんな余裕は無かった。というよりも、食べることに夢中で感想を言う暇すら惜しいくらいである。実際、その間にも俺は次々と料理に手を伸ばし、口へと運んでいく。
そんな俺の様子を、ペコラは食事の手を止めて嬉しそうに目を細めながら見つめていた。
「うふふ、まだまだ沢山ありますから、いっぱいおかわりしてくださいね〜」
「じゃ、さっそく」
彼女の言葉に瞬く間に空になったスープの器を差し出す。
「は〜い、ちょっと待ってくださいね〜」
 ペコラはそう言い、くすくすと笑いながら俺の皿を手に取ると立ち上がり、鍋からスープをよそる。湯気を立てるスープはよく煮込まれており、食欲をそそる香りを振りまいている。
皿が目の前に置かれるやいなや、俺はスプーンですくったスープを慌しく口に運ぶ。俺好みの味付けは、先ほど飲み干したばかりだというのにまったく飽きる気がしなかった。
「慌てなくても大丈夫ですよぉ〜」
俺の様子にペコラは苦笑しながら、その間にもてきぱきと空いた皿へと料理を盛り付けて行く。甲斐甲斐しく働く彼女の姿と声の響きは、本当に幸せそうだった。
どれもこれも美味な料理を次々と平らげながら、俺は言葉を漏らす。
「それにしても、魚も野菜も果物もどれも新鮮で美味いな。もっとこう、保存食みたいなのを想像してたんだが」
 それに、ペコラはようやく自分のスープに手を付けながら答えた。
「ちょうど食材を仕入れたばかりでしたからね〜」
「へぇ。そりゃラッキーだったな」
「ええ、今日はたまたま商人さんが来てくれてましたから〜」
「商人?」
「ええ。私が宿をやってるって言ったら〜、行商の方とかが定期的に来てくれるようになったんですよ〜」
「なるほど。それにしても、こんな街道から外れた場所までやってくるような行商人がいるなんて初耳だな」
 商人との取引があるなら、この宿のことも近くの町で聞けたかもしれない。色々な意味で話題に事欠かないこの宿なら、噂好きな人々の口に上らないことはありえないだろう。それならもう少し客がいてもおかしくは無いのだが。
「ええ、山向こうに住んでるゴブリンさんとかケンタウロスさんとか。あ、あと近くの川で獲れた魚を譲ってくださるサハギンさんとかもいますね〜」
「ああ、そういうことか」
 がくりと肩を落とし、俺はそれだけを返す。
 当然のことだったが、魔物であるペコラと付き合いがあるのは人間よりも魔物の方が多いようだった。それではこの宿の存在が人間の間で知られていないのも無理はない。
 気分を切り替えようと、俺はワインのグラスを持ち上げる。芳醇な香りが口いっぱいに広がり、のどを潤した。
 ペコラは自分の食事をしながらも、空になった俺の器に気付くとに微笑み、尋ねてくる。
「まだ、お料理はありますよ〜? おかわりいかがです〜?」
「ん、貰うよ」
 俺の言葉ににっこりと笑顔を浮かべ、彼女は受け取った皿に料理をよそる。旅暮らしの間に食いだめの癖がついていたとはいえ、俺にとっても今夜はいつも以上の量を食べてはいたが、ペコラお手製の料理はどれも美味しく、どれだけでも食べられそうな気さえした。
 とはいえ、人間の腹には許容の限界はある。それからも何度かパンにスープ、肉料理魚料理とおかわりをし、最後に果物を食べると、俺の腹は終了を訴えた。
「ふぅ、腹いっぱいだ」
 すっかり満腹になった俺はそう言い、椅子にもたれかかる。テーブルを埋めつくす皿はどれも空になっており、いくつかの器は重ねてテーブルの端に追いやられている。
 最後にグラスに残ったワインを飲み干すと、俺は長い息を吐き出した。程よい気だるさと共に、全身に幸福感が満ち溢れる。
「は〜、食った食った。ごちそうさん」
「おそまつさまでした〜」
 俺の満足げな言葉に、ペコラは笑顔で返す。彼女は立ち上がると空になった皿を重ね、厨房へと運んでいく。その姿を見送りながら、俺は記憶に焼きついた夕食の味を反芻する。
「しかし、まさかこんな所でこれほど美味い料理にありつけるとは思わなかったな」
「えへへ、ありがとうございますぅ」
普通、一般の宿の料理といったらとりあえず食えるだけのもの、といった程度なのが関の山なのだが、この料理はそんな常識を覆すものだった。手作りだといっていたが、だとしたら彼女の料理の腕は並のものではない。これだけの料理が出される宿なら主が魔物であることを抜きにしても、もっと繁盛しそうなものだが。いや、さっきも思ったことだが、おそらく立地のせいで致命的に知名度が無いのだろう。
もったいない。
 てきぱきと働くペコラの姿を見ながら、俺はぼんやりと思う。
「片付け手伝うか?」
「いいえ〜、お気持ちは嬉しいですけど、お客様にそんなことさせるわけにはいきませんよぅ」
 俺の申し出をやんわりと断わると、彼女はすっかり片付いたテーブルの上を拭く。汚れ一つ無くなったのに満足げに頷き、彼女は厨房へと歩いていった。すぐに水音が聞こえてきたところを見ると、洗い物をしているらしい。ご機嫌なのか、鼻歌交じりだ。のんびりした風貌とは裏腹に、随分と働き者のワーシープである。
「ペコラ」
「は〜い? どうしましたぁ〜?」
 俺の声に、食器を洗いながらのペコラが答える。
「んー……いや、なんつーか幸せそうだなって思ってさ」
「みゅふふ、それはそうですよぉ。だって、楽しいですし、嬉しいんですものぉ」
「?」
「なにせ初めてのお客様が、私のお料理でとっても喜んでくださったんですからねぇ〜」
 先ほどの食事を思い出し、俺は思わず顔を熱くする。
「うっ、そんなだったか、俺?」
 そう言っては見たものの、確かにあのがっつきぶりからは丸分かりもいいところだった。
「ええ〜。ですから、宿屋をやっててよかったなぁって思ったんですよぉ〜」
しばし洗い場もかねているのであろう厨房から、ペコラのくすくす笑いが響いていた。ワーシープの少女が喜んでいることはまあいいとしても、何となく恥ずかしさを感じて俺は黙り込む。
そうしていると、再びペコラの声がかけられた。
「ダリオさま、長旅でお疲れでしょう〜? お風呂も沸かしてありますから〜」
 彼女の意外な言葉に、俺は羞恥も忘れて聞き返す。
「え、フロがあるのか?」
「はい〜」
 このくらいの宿で、風呂まで完備しているのは珍しい。
「風呂か……」
旅人や冒険者は皆覚悟していることだが、旅先で水浴びや入浴が出来る幸運に恵まれることはめったに無い。もちろん、身を清める程度のことはするが、長旅をする場合などは基本的に行程中一度も風呂に入れないことが当たり前なのだ。
今日一日森の中を彷徨っていた俺の場合も同様だった。加えて先ほどまで寝ていたとはいえ、昼間の疲れは身体に残っている。彼女の勧めもあり、俺は言葉に甘えて湯をいただくことにした。

 食堂を出て、玄関ロビーを通り過ぎ、廊下を進む。窓の外はすっかり夜になっており、廊下に満ちる暗闇は、天井から下げられたランプの光が払っている。
 虫の声と混じる、床板の軋む音を聞きながら足を進める。
 突き当りまで来ると足を止め、灯りの中に浮かび上がるドアを眺める。廊下の端、俺の目の前には客室のドアとは異なるデザインの扉があり、湯船の形をした板が掛けられていた。
「ここだな」
 扉にかかった板には男性使用中、と記されている。おそらく時間ごとに使用するものを分けるのだろう。もっとも、今いる客は俺だけなので何の役にも立たないのだが。
 扉を押し開け、中に入る。脱衣所らしきそこには床に敷かれたマットと、編み上げられた籠、そして壁には姿見があった。それほど広くは無いが、建物の大きさ、そして想定する宿泊客の人数からすれば十分なのだろう。入ってきた扉と反対側には、曇り硝子のはめ込まれた扉が見える。そちらが浴室ということだろう。
手早く服を脱ぎ、脱衣所の籠にまとめて放り込む。籠の中に入っていた布一枚を手に取ると、俺は浴室へと続く扉を開けた。すぐさま白い湯気と共に暖気があふれ出してくる。
「おお」
 風呂場は脱衣所より少しばかり広い程度ではあったものの、想像以上に立派なものだった。しっかりと組まれた石造りの湯船にはなみなみと湯が張られており、立ち上る湯気が視界を白く染めている。
 つくづく、こんな辺鄙な場所にある宿屋とは思えないほどの設備の充実振りだった。
「まあ、いまはそれはありがたいことか」
 魔物がやっている宿だからなんでもありなのだろう。そう疑問を片付けると、俺は浴室の隅に転がっていた桶に湯を組む。手に持った布を浸してから絞り、さっと一通り身体を洗う。石鹸も使わずはっきり言って大雑把もいいところの洗い方ではあったが、男の俺は別段肌の手入れに気を遣う趣味など無いし、それで十分なのだ。
 最後に頭からお湯を被り、身体を流すと俺は湯船に足を入れる。湯が熱すぎずぬるすぎずちょうどいい温度に調節されていることを確かめると、俺はゆっくりと身体を沈めていった。
「ふー」
 湯船に肩まで浸かり、至福に吐息を漏らす。道に迷ったり、その先で偶然見つけた宿が魔物の経営するものだったり、その魔物というのが今まで想像していたのと違って意外と人畜無害なお人よしっぽい女の子だったりとあれこれ立て続けに起こりすぎて正直事態をきちんと把握できていない所がある。
まあ、把握した所でどうこうしようというわけでもないので、とりあえずは流されるままでもいいのではないだろうか。
そんなことを自分に言い訳し、俺は湯船の縁に顎を預ける。身体を包む温かさに、うっかりするとこのまま眠ってしまいそうだった。
「お湯加減はいかがですかぁ〜?」
不意にかけられた声に慌てて閉じかけた瞳を開き、浴室の戸に視線を向ける。俺の視界を遮る湯気と曇り硝子の向こうに、ふわふわの毛と角を持った特徴的なシルエットが見えた。
「あ、ああ。ちょ、ちょうどいい」
 何をしに来たのかという疑問が浮かぶよりも早く、無意識に加速した鼓動を感じ、どもりながらも俺は答える。
「よかったぁ」
 ほっとした声が硝子の向こうから届く。それを聞きに来ただけだったかと納得と共に安堵を感じた俺は、すぐにその考えが誤りだったと悟った。
「それじゃあ〜、失礼しますねぇ〜」
「え」
 俺が戸惑いの声を上げると同時、浴室の扉が開かれる。躊躇いなく踏み入れられた少女の足がかつんと蹄を鳴らした。湯気の立ち込める浴室の中であってさえ、少女の肌色は鮮やかに目に映る。
「お、おい! ちょっと!」
 混乱した声を上げる俺だが、ペコラはまったく頓着せずにこちらに歩み寄ってくる。あまりにも自然に近寄ってきたためか、うっかり視線を外すことも忘れて少女の肢体をまともに見てしまった。
「わ、悪い! ……って、あれ?」
 反射的に謝ってしまうものの、ペコラは不思議そうに首を傾げただけだった。まさか羞恥心というものがないのだろうかと思ったものの、すぐにその理由が分かる。
落ち着いて――それでも、若干恐る恐るではあったが――その姿を見直してみると、ペコラはエプロンやリボンこそ取り払っていたものの、体を覆う羊毛はそのままだった。考えてみればワーシープという魔物である彼女にとって羊毛は衣服ではなく、体毛なのだから風呂場においても脱いだりは出来ないのだろう。
そのことに俺は少しだけ余裕を取り戻す。
しかしながらそうであっても現状、風呂場に男女で二人っきりということには変わらない。いや、さっきからずっと一つ屋根の下で二人っきりなのではあるが、今の俺は衣服を何一つ纏っていないのだ。この状態は非常に拙い。
 そんな俺の混乱と焦燥をまったく気にした様子も無く、ペコラはいつも通りの微笑を浮かべて言う。
「えへ、お片づけも終わったから、お背中、お流ししようと思いましてぇ〜」
 にこにこ笑顔で、さらりととんでもないことを言うペコラ。
「いや、いいって! 自分で洗ったから!」
「遠慮なさらずにぃ〜。ほらぁ〜」
 俺の言葉もお構いに無しに、ペコラは手をさし伸ばし俺の腕を取る。少女の細腕とはとても思えない力でひっぱられ、俺は湯船から引きずり出されてしまった。慌てて、傍らに置いてあったタオルを腰に巻いて。股間を隠す。
「男の人って、お風呂に入ってもちゃんと身体を洗わないそうじゃないですか〜。そんなんじゃあだめですよぉ〜」
 ペコラは俺を腰掛に座らせると、石鹸を手に取る。目の前の鏡には俺の背後に立つワーシープの姿が写っているのが見えた。上機嫌に歌を口ずさみながら、手にした石鹸を泡立てる。
「それじゃ〜、あらいま〜す」
 十分に泡立ったのを確かめ、ペコラは高らかに宣言する。とりあえず背中だけ流してもらえば、彼女も満足するだろう。下手に断わろうものなら、また泣かれないとも限らない。
もうここまで来たら流れに身を任すしかないと悟った俺は、半ば諦めつつ頷いた。
「あ、ああ。よろしく」
「はぁい」
 俺の許しが得たのにさらに気を良くしたペコラは、泡を腕を覆う羊毛に付ける。それをタオル代わりにするのだろう。
「でもそれじゃ、ペコラが汚れるんじゃないか?」
 俺のもっともな疑問に、彼女はくすりと笑う。
「大丈夫ですよぉ。私も後で洗いますから〜」
「ふーん」
 若干釈然としないものを感じたが、深くは考えず気のない返事を返す俺。そういう問題なのか。というか、それなら最初からタオルで洗えばいい様な気もするが。
 などと考えていた俺は、次の瞬間ペコラが取った行動に、全ての思考を停止させられた。
「ん……っ」
「!?」
 身体に回された手が、俺の胸にぎゅっと押し当てられる。そこまではまあいい。いや、正直なところそこまでは想像していたにも関わらず十二分に驚いたのだが、まだ許容できなくは無いレベルだった。
 俺に心臓が止まるかと思うほどの衝撃を与えたのは、彼女が俺の身体に自らの身体全体を密着させてきたことだった。背中から抱きしめられ、羊毛に包まれてなおその存在を主張する双丘の感触が伝わる。柔らかく、温かいそれは紛れも無い女性の胸だ。
「ちょ、おい!?」
 よくは分からないが、これは非常に拙いのではないだろうか。慌てて引き剥がそうとするも、先ほど湯船から引きずり出されたのを考えても彼我の腕力差は歴然。俺の努力はまったくの無駄に終わった。
 俺の抵抗などものともせず、抱きついたままのペコラはゆっくりと動き始めた。俺の胸板にあてがわれた腕が、肌を優しく撫でる。背中ではぴったりと当てられた胸が彼女の動きに合わせて弾むように形を変えるのが、はっきり分かった。
「う……」
 石鹸の匂いに混じり、ペコラの香りが鼻をつく。それだけで、俺は自分の体温が上がったような気がした。思わず体を強張らせるが、少女は構わず腕と、手のひらを使って俺の胸に石鹸の泡を塗りたくる。
「く……」
しっとりと潤った手が、肌を撫でていく。その感触に俺は必死で声が漏れるのを抑えるが、快感で生まれた震えを止めることはできなかった。
 その様子を敏感に見て取ったペコラが、口元を緩め耳元で囁く。
「気持ち、いいんですね〜? うふふ、うれしいですぅ〜」
 俺の反応に気を良くした彼女は、胸板を撫でていた手を少しずつ下にずらしていく。
 おなかを両手でさするように、壊れ物を扱うように、そっと洗っていく。
 ペコラの動きと肌に直接伝わる感触に、俺は否応無しに興奮を感じてしまう。既に顔はのぼせたよりも熱く、腰のタオルの下では肉棒が大きくなりだしていた。
「ふぁ……んぅ……」
 ペコラもまた自分の行為で興奮しているのか、俺の耳元、すぐ側で聞こえる呼吸は次第に荒く、熱っぽくなっていく。最初はやさしかった動きもまた、いつの間にか激しさを増していた。
「んふ……んんぅ……」
俺の背中にあてがわれたままの胸も、激しい動きにぐにぐにと形を変える。少女の口から漏れた吐息は俺の耳をくすぐり、その熱さがさらに互いの興奮に火をつけるようだった。
「はぁ……はぁ……」
最早どちらのものかも分からなくなった呼吸の音が、五月蝿いくらいに耳に響く。頭がぼんやりしてきたのは、風呂場に篭る熱気のせいだけではないだろう。
 と、俺を洗う少女の手が腹部のさらに下、タオルを巻いた場所へと延ばされる。既に布地を持ち上げ、雄雄しく天を指さんばかりになっていたそれを目にし、俺は羞恥で我に返った。
「っ! そこは」
 俺が制止するよりも早く、ペコラは俺の一物に手を伸ばす。彼女は俺の腰に掛けられた布を取り去ると、泡にまみれた手で俺のモノをそっとつかんだ。既に硬く大きくなっていたそれは、彼女の手が触れる刺激にびくりと震える。
「くぅっ」
 堪えきれず、俺は声を漏らす。
「あはぁ。ここもあらわないといけないですねぇ〜」
熱に浮かされ、とろんとした顔と瞳で、ペコラは言う。あどけなさを残した顔立ちはそのままだったが、今の少女にはどこか妖艶な色が覗いていた。
「みゅふふ、ここもちゃあんときれいにしなきゃだめですよぉ〜」
 たっぷりと泡を付けた手で、ペコラは俺の肉棒を包み込む。
「んっ……」
「みゅふふ。可愛いです」
 柔らかく俺のモノを握り、手のひらで竿を擦る。きめ細かく滑らかな肌が石鹸の泡で滑り、先ほど以上の快感を生み出す。それに俺は堪えきれず、腰が震えた。
「あは……どんどん、大きくなってきましたぁ……」
 肉棒の反応に、嬉しそうに顔を綻ばせるペコラ。俺の肩に預けた頭を俺の頬にぴったりとくっつけながらも、その手を休めることは無い。
「みゅふ……きもち、いいですかぁ? ふふ。こしゅ、こしゅってしてあげますねぇ〜」
 微笑むペコラは、もう片方の手も股間へと伸ばし、両手で肉棒をもみ始めた。
「く、ああ……っ」
さらに増した快感に、俺は溜まらず声を上げる。既に先端からは先走りの汁が垂れ始めていたが、少女はそれを手に塗りこみ、竿全体に塗りつけるように撫でまわす。
「んっ、はぁ……ダリオさまのおちんちん、びく、びくってしてますぅ……」
俺のモノが震えるたび、頬を緩め嬉しそうに声を出すペコラ。最早完全に発情した獣の瞳はただ一点、俺の股間に向けられていた。あっという間にはちきれんばかりになった肉棒の上には血管が浮かび上がり、限界まで硬くなっている。
「あっ……ん……、ふぅ、ふぅ……、わたしも、きもちいぃ、ですぅ……」
熱っぽくささやきながら、もじもじと足をすり合わせるペコラ。興奮に後押しされて彼女の動きは激しさを増し、肉棒を擦り、背中に胸を押し付ける。羊毛に包まれた乳房の先端では、勃ち上がった乳首が硬くなっているのが分かった。
「んく……、も、もう……これだけじゃ、たらない、ですぅ……」
 切なげに呟き、同時に股間の刺激が止まり少女の身体の感触が消える。顔を上げると、快楽でぼやけた視界に映る鏡の中、ワーシープの少女が俺から身体を離し、立ち上がったのが見えた。
「はぁ、はぁ……」
 一瞬、これで終わりかという疑問と安堵、そして一抹の失望感を覚えた俺だったが、すぐにそれは間違いだったと気付いた。
「は、む……っ」
 するりと俺の前に回りこんだペコラは開いた足の間にしゃがみこむと、いまだ硬く大きいままの一物を咥え込んだのだ。
「ちゅ、んじゅ……おくちで、あむ……きれいきれい、してあげますねぇ……」
 硬い肉棒を口いっぱいに頬張り、舌を沿わせて頭を揺らすペコラ。
 唾液が湿った少女の口の中が一物にまとわりつき、じゅるじゅると音を立てて吸い上げる。
「うぅ……くぅ……!」
 先ほどまでの手とは質の違う快感に、腰が砕けそうになる。目をやれば、ペコラは白い髪を振りながら一心不乱に俺のモノを舐め啜っていた。可愛らしい口から肉棒が出入りし、垂れた唾液とも先走りと持つかない液体が、彼女の顔を汚している。
 どこか背徳的なその光景に、わずかに残された理性がぐらつく。
「ふゃう……もっろ、おおきくなっれひまひたぁ……んぷっ、う……っ!」
 限界をさらに超え、大きさと硬さを増したものを受け止めきれず、ペコラの瞳に涙が浮かぶ。しかしそれすらも今の少女にとっては興奮に変換されているらしく、彼女は熱っぽい瞳で愛おしげに俺のものをしゃぶる。
「あむ……ちゅ、んむ……じゅ……」
 唾液をため、舌をうごめかしながら、ペコラは口淫を続ける。時折わざと音を立てて啜り、先端から滲む液体を舌で舐め取る。
「だりおさんの……あひ……おいひぃ、おいひぃれすぅ……」
 先走りの汁を美味しそうに舐め、のどを鳴らして呑み込む。肉棒に舌を這わせたかと思えば、鈴口にあてがい、つんつんとつつく。
「あふ、もっろ、もっろぉ……んじゅ、ちゅぶ、じゅうぅ……」
 さらには口元をすぼめ、吸い尽くすように根元を締め上げてきた。ペコラもまた内股を擦るだけでは我慢できなくなったのか、少女は片手を肉棒から離すと自らの股間に当てる。羊毛に覆われたそこに手を伸ばすと、秘裂へと躊躇い無く指を差し入れた。
「んんぅ……!」
 びくん、と少女の体が震える。その振動は彼女に肉棒を咥えられたままの俺にも強烈な刺激となって伝わった。声が漏れ、俺もまた身体を震わせる。
 ペコラは自らを慰めつつも、俺のモノへの奉仕の手を緩めることは無かった。むしろ先ほど以上の激しさで肉棒をなめ、汁を啜る。綿雲のような髪が乱れ、珠のような汗が肌の上を流れ落ちる。
「くあ、あっ、うぐ……っ」
 次々と押し寄せる快感の波に、俺は歯を食いしばって耐える。少しでも気を抜いたら即座に達してしまうような、そんな強烈な気持ちよさが絶え間なく襲う。
「うぅ……、や、やばい……。このまま、じゃ……」
 無我夢中の中考えるよりも早く、俺はペコラの頭に生えた角に手を伸ばした。節くれだった角の硬い感触が手のひらに伝わった。それと共に、柔らかな髪も手に当たる。
「んっ……」
 角に手が触れたことに、わずかに驚いたらしいペコラの耳がぴくりと動く。一瞬こちらを見上げた少女の瞳には、ほんのわずかな動揺と、期待の色が見えた。
 それを認めた瞬間、俺は思わず角をつかんだまま、ペコラの口内に肉棒を突き入れていた。
「んんぅっ!」
 俺の不意打ちに、苦しげな声が少女から漏れる。だがそれも一瞬のことだった。ワーシープはすぐさま嬉しげに目を細めると、俺にされるがまま頭を前後に動かした。
「んっ、んんっ……! じゅ、じゅうぅ、んじゅ、ぷ、んぷぅ……っ!」
 淫らな音が激しさを増し、ペコラは顔を涙と唾液でぐしゃぐしゃにする。だが少女は決して肉棒を離そうとはせず、むしろ嬉々としてむしゃぶりついていた。
「はっ……はっ……!」
 完全に理性をなくした俺は、少女の角を握ったまま荒々しく腰を振り続ける。少女もまた魔物の本性をあらわにし、ただひたすら俺の獣欲を受け止め、自分の欲望を貪っていた。
 やがて無意識の中で絶頂が近いことを感じ取った俺は、ペコラの角を握る手に力を込め、一際強くモノを突きこんだ。
「んむぅ……っ!?」
 苦しげな声を上げ、涙をこぼしつつも、少女はひたすら俺を受け止める。そして肉棒の先端が少女ののどの最奥にぶつかった瞬間、その衝撃に、ついに俺は限界を迎えた。
 体が震え、芯から熱いものが吐き出されていく感覚。
「うぁ、あああぁぁぁ…………っ!!」
 悲鳴じみた叫びと共に、ペコラに咥えられたままの肉棒から精液が迸った。
「んっ、んぷぅっ! んんん……っ!」
口内にぶちまけられた熱い精液に、ペコラがくぐもった声を上げる。ほぼ同時に、彼女も達したらしく、その身体が大きく震えた。
その間にも迸る精液は勢いを失わず、少女の口内を犯していく。大量に吐き出された白濁液はペコラの小さな口では受け止め切れず、一部は逆流して彼女の口から溢れ、ぽたぽたと床に落ちた。
「んっ……んく、おいひぃ……だりおさんの、おいひぃ……んく……んく……」
 あどけない顔を白く汚しながらも、ペコラは至福の表情で口の中の精液を飲み下していく。さらには乳飲み子のように俺のモノを吸い続けた。
やがて全てを吸い尽くしたペコラは、ようやく俺のモノから口を離した。口元から垂れる精液を指で拭い、ぺろりと舐め取る。
「あふ、ふぁ……。あひゅいの、いっぱいれましらぁ……」
 夢見心地のような顔でそう言い、ペコラはうっとりと目を閉じる。まるで、先ほどまでの快感を再び味わおうとしているかのようだった。
「はぁ……はぁ……」
 俺はといえば、絶頂後の脱力感に襲われ、腰掛に座ったままぐったりとうなだれていた。
 そんな俺をよそに、程なくして回復したらしいペコラは自分の身体を洗い、鏡に映して綺麗になったことを確かめると、俺に向けて言う。
「おじゃましましたぁ。では、ごゆっくりぃ〜」
 先ほどまでの妖艶さが嘘のような、おっとりとした声。
「あ、ああ……」
 いまだまともに動かない頭でそれだけを答えると、ペコラはにこりと微笑み、浴室を後にする。
「……」
去っていく少女の姿が完全に扉の向こうに消え、さらに脱衣所のドアが閉まる音が浴室に響いたのを聞く、俺はのろのろと立ち上がった。傍らの桶に湯を汲んで頭からざばりと被り、それから湯船に足を差し入れる。ありがたいことに、湯はまだ冷めてはいなかった。
肩まで浸かり、タオルを折りたたんで湯船の縁にかける。
そして、そのまま頭の天辺まで湯船の中に沈み込んだ。

・・・・・・・・・・・・

 後ろ手に閉めたドアが、がちゃりと音を立てる。部屋に戻ってきた俺は、ランプを手探りで探し、火を灯すと脱力感に任せるままベッドの端に腰を下ろした。
「すっかり向こうのペースに乗せられてしまった……」
 うなだれたまま、ぼそりと言葉を漏らす。そうは言ったものの、最後の方は自分から彼女を貪っていたような部分もあった。相手のせいにするのは、ちと卑怯かもしれない。
「うあああああ」
 形にならない思考に、俺は声を上げ頭をかきむしる。と、そんな俺を諌めるように開いた窓から夜の風が室内に吹き込んできた。夜気が火照った体を撫でて冷まし、心地よい。それに俺は多少の冷静さを取り戻すことができた。
つい、と寝巻きの胸元を摘まむ。
今、下着の上に着ている物は脱衣所に用意されていた寝巻きだ。ペコラが置いていったメモによると、ワーシープの羊毛を材料にアラクネが丹精込めて機織り作った特別品らしい。なんでも魔力が込もったワーシープの羊毛で作られた衣服や寝具は、心地よい眠りをもたらすことで魔物はもちろん、人間達からも大人気だとか。
確かに今着ているこの服のふわりと身体を包み込むような着心地は、そこらの服とは比べ物にならないくらいだった。入手困難で高値で取引されているという、ペコラの言葉にも頷ける。
「……誰の毛が材料かは、書いてなかったけどな」
 そう呟いたものの、聞くまでもないことだろうと俺にはだいたい見当が付いていた。
おそらく――いや、確実にこの寝巻きの元になっているワーシープの羊毛というのは、ペコラのものだろう。先ほどは気付かなかったが、彼女の言から推測すればきっとベッドを覆う毛布もそうに違いない。
 つまり、言うなれば今の状況はペコラに包まれているようなものなのだ。肌に直接、ペコラの身体が当たっているといっても、あながち間違いではないだろう。冷えたはずの頭が、再び熱くなるのを感じて、俺はぶんぶんと頭を振った。
 そこでふと、しょうもない疑問が浮かぶ。
「そういえばペコラの羊毛……動物の羊と同じく、身体から直接生えてるんだよな?」
 ワーシープという名前だけあって、見た目どおりあの少女は身体的特徴も羊のそれを備えている。なら、こうした衣服を作るための毛は、羊と同じように刈り取る必要があるはずだ。
「……っ」
つい、羊毛を取り払われた一糸纏わぬペコラの姿を思い浮かべてしまう。
想像の中のペコラは角や耳こそ羊のものだったが、それ以外はほとんど人と同じで、肌は羞恥にほんのりと桜色に染まっていた。
少女は恥ずかしげに目を伏せながらも、どこか誘うような視線を送り――
俺は慌てて先ほどより強く頭を振った。
「なに考えてんだ、俺は」
 自己嫌悪を感じ、がっくりとうなだれる。自分の都合のいいように彼女のイメージをゆがめるなど、最低の所業だ。出会ったばかりの少女に懸想するとは、そんなに溜まっていたのだろうか。しかも、相手は魔物である。普通の人間なら、そうした行為に及ぶことなど考えもしないのはずなのに。
「でも……魔物っていっても、なんかイメージと違ったな」
 昼にはじめて彼女を見かけたときにも思ったことだが、人づてに聞いた魔物のイメージと違い、あのワーシープは人を襲って害をなすような存在には見えない。むしろ、人間相手の宿屋をやっているようなことから考えても、人間のことが好きな気さえする。
「はは。いつの間に親魔物派になったんだ、俺は」
 自嘲気味に呟く。世の中には魔物と共に暮らすことを選んだ人間や、そうした者達の町や村があるという話は聞いていたが、まさか自分がその考えを持つようになるとは思っていなかった。
いや、きっとさっきの風呂場での出来事が尾を引いているのだろう。そうに違いないし、そうであって欲しかった。
などと考えたものだから、無意識のうちに先の光景が脳裏に浮かんでしまった。俺に抱きつくペコラの姿、そして同時に、肌が記憶した彼女の柔らかさと温かさが蘇り、鼓動が乱れた。
「だから考えるなって言うのに、俺」
自分のバカさ加減に呆れ、俺は溜息をつく。
「ペコラ、か」
 ベッドの上に身を投げ出し、ついさっき出会ったばかりのワーシープの名を呟く。
 魔物とはいえ、温和で家庭的な彼女は一緒にいて心が安らぐような少女だった。人々の憩いの場となる宿屋というのは、彼女の性格にぴったりかもしれない。やさしくよく気がつきよく働き、その上料理上手の器量よし。嫁ぎ先には困るまい。彼女と結婚する男は、幸せ者だろう。
「だから、俺はなに考えてんだ」
 ウェディングドレスを着たペコラの姿を思い浮かべ、その隣に立っていた自分を幻視した所で、俺は正気に戻り自分の頭を叩いた。
夕飯のワインを飲みすぎて、頭に変な酔いがまわっているのだろうか。そういうことにしておこう。
「はぁ……」
妙なことを考えてしまったせいか、どっと疲れが押し寄せてきた。明日は早目に起きて森を抜けなくてはならない。今夜はさっさと寝てしまうことにしよう。
「聞きそびれたといえば、宿代はいくらなんだろうな」
 建物こそそれほど大きくないとはいえ、豪勢な夕食や上物の寝具、風呂までついていることを考えれば、普通なら宿泊料は結構な額になるはずだ。正直かなり気になるところではあったが、こちらの手持ちが少ないことは既に言ってあるし、ペコラの性格からしてふっかけてくることはないだろう。わずかな時間のこととはいえ、彼女の言動からは宿泊代で儲けようという感じはまったく受けない。どうも、単純に「客をもてなすことが幸せ」だと感じている気もする。
「人間の中にはめったにいないよな、ああいうタイプ。客のこっちがちょっと心配になるくらいだが」
 どう考えても経営は成り立たないような気もするが、俺が気にした所で何かが変わるわけでもなかった。明日、宿代を払って町までの道を教えてもらえば、この奇妙な付き合いも終わりだ。
疲れもあることだし、俺はしょうもない考察を切り上げ、いい加減に休むことにする。
 俺は枕元のランプを吹き消し、窓を閉める。きちんと寝台に身体を横たえ、それから毛布につまむと胸元まで引上げて包まった。柔らかな布団は温かく、やさしく俺を包む。
暖かなベッドで眠れることに幸せを感じつつ、静かに瞳を閉じる。つい、この状態はペコラに包まれて、抱かれているのと変わらないのではないかと考えてしまい、俺は無駄に頬を熱くした。
「寝よ」
 その考えを無理やり意識から締め出し、俺は硬く目を瞑る。彼女と出会ってからというもの、どうも調子がおかしい。一晩寝て、元通りになってくれればいいのだが。
 こん、こんと控えめなノックが部屋に響く。まどろみかけた意識が現実へと引き戻されるのを感じ、俺は薄く眼を開けた。
 部屋には濃い闇が漂い、カーテンを閉め忘れた窓の外では星が瞬いている。静まり返った部屋には、夜の気配が満ちている。
「……?」
身を起こすよりも早く、かちゃりという扉の開く音が耳に届く。わずかに開いた扉の隙間からは、蝋燭の光が漏れていた。静かに扉を押し開け、侵入者はそっと部屋に足を踏み入れる。少女が床を踏む、かつんという蹄の音がやけに大きく響いた。
「ペコラ?」
 半ば無意識のうちに発した声に、少女がびくりと震える気配が伝わる。しばし動きを止めていた彼女は、やがて意を決したように口を開いた。
「起こしちゃい、ましたか?」
「いや」
 俺の答えに、少女はほっとしたようだった。ランプを手にしたまま、彼女はゆっくりと俺の側に歩み寄ってくる。
「あの……こんなの、ご迷惑かも、しれませんが〜……」
 ベッドの傍らに腰掛けたペコラが、おずおずと言う。俺が寝転んだまま振り向こうとするよりも早く、少女はするりと布団に滑り込んだ。ぴったりと身を寄せ、俺の背中に抱きつく。すぐ側に感じる少女の存在に、俺は時を止められたかのように固まった。
「その、そのぅ……」
 密着した体を通して、ペコラの鼓動が伝わってくる。早鐘のように鳴るそれは、少女の緊張を言葉よりも雄弁に物語っていた。
 そして、ここまでされて少女の意図がわからないほど、俺も鈍感ではなかった。客に――たとえ、それがこの宿にとっての初めての客だったとしても――わざわざ夜這いを掛けてくるということは、彼女にとって俺が特別なのだ、ということだろう。
 なら、少女が求める答えはこれ以上ないほど明確だ。
 しかし――俺の方はどうなのだろう。
 自問する。ペコラが俺の反応を待っていてくれるということは、選択肢を与えてくれているということだ。ここで突っぱねることも出来ないわけではない。もし、その気が無いのなら、きっぱりと断わることが互いのためだろう。たまたま一瞬重なっただけの線。宿屋と客の関係はつまるところ、そんなものだ。
 けれど、本当にそれでいいのだろうか。
 出会いは一期一会。だからこそ、自分に嘘をついては後々まで消せない後悔が残る。
 俺は彼女に気付かれないよう、そっと息を吸い込み、静かに吐き出す。
正直になろうと、決心を固め、一つ頷く。
そして、そっと少女に向き直った。
「ペコラ」
 俺がかけた声に、びくりと少女の体が跳ねる。不安なのだろう、俯いたままの彼女はふるふると小さく震え続けている。
 やさしく、少女の頬に手を添える。
「あ……」
 予期せぬ行動に、少女の瞳が見開かれる。俺は出来るだけやさしい表情を作ると、いまだ驚きの表情を浮かべたワーシープの唇にそっと触れた。
 刹那触れ合うだけの、幻のようなキス。
 だが、俺の気持ちを伝えるには十分だった。
「だりお、さま……今の……」
 唇に指を当て、信じられないといった表情でペコラが呟く。そんな彼女を、俺はぎゅっと抱きしめた。
「あ……」
 強張っていた少女の体から、力が抜ける。彼女もまた、俺の背に腕を回し、しっかりと抱いた。俺たちは抱き合ったまま、どちらからともなく顔を近づけあい、そっと唇を重ね合わせる。
「ん……っ、ちゅ……」
啄むようなキスを何度も繰り返し、お互いを抱く腕に力を込める。俺はもう一度口付けをすると、今度はその唇に伸ばした舌を差し込んだ。
「ちゅ……んん……んむ……」
ペコラもまた、俺の意図を察し舌を伸ばしてくる。互いの蠢く舌同士を絡め、俺たちはお互いの体を強く抱き合いながら、伸ばした舌で互いの口内を貪りあった。
「んぷぁ……あ……っ、んっ、ぷぁ……じゅ、んじゅ……ちゅぷ、んあぅ……」
 いつの間にかお互いの頭を抱くようにまわされた腕が、互いの体を固定する。俺たちは熱っぽい光をたたえた瞳で視線を交わしながら相手の口内を舐め、唾液をまぶし、送り込んだ。
言葉などなく、ひたすら無心で熱いキスの快楽を貪る。呼吸することも忘れ、体が空気を求めてもなお、俺たちは唇を離すことを辞められなかった。
長く激しいキスをようやく終え、俺はそっと彼女から離れる。
「ぁ……あん……」
 名残惜しそうに唇を舐めるペコラの顔は、暗がりの中でもはっきりと分かるほど上気していた。理性の光が薄れた瞳が、涙を湛えて揺れる。
「まだまだ、これからだって」
 無言のおねだりに笑い、俺は毛布を跳ね飛ばして起き上がる。ベッドの上にころんと転がったワーシープの少女は、風呂場のときと同じく羊毛に包まれてはいたが、装飾の類は一切付けていなかった。それでもまじまじと見られると恥ずかしいのか、そっと目を伏せる。
「かわいいよ」
 短いながらも、正直な感想。ペコラの耳が、嬉しそうにぱたぱたっと動く。そっと彼女に覆いかぶさり、白い毛に包まれた胸に手を当てる。
「やぁん……」
 ペコラの口から声が漏れる。くすぐったそうに身をよじりながらも、その表情には歓喜が満ちていた。彼女がもぞもぞと動くたびにシーツが乱れ、ベッドが軋む。
「ペコラの毛、ふわふわだな……それに、いい匂いがする」
 まさに雲のようなふかふかの毛に顔を埋め、俺は呟く。とくん、とくんという彼女の穏やかな心音と共に、女の子の匂いが鼻をくすぐった。
「ふふ、ありがとうございますぅ……」
 羊毛を褒められ、ペコラは柔らかく微笑んだ。ワーシープにとって毛並みを褒められることはやはり嬉しいらしい。
 それにしても、風呂に入ったにしてはペコラの羊毛はほとんど乾き柔らかさを取り戻していた。彼女の羊毛は人間の髪よりも乾かすのには時間がかかるだろうに、一体どうやったのだろう。疑問が顔に出ていたのだろう、俺を見つめ、ペコラは頬を染めて恥ずかしそうに言う。
「えへ……乾かす時間が待ちきれなくて、魔法を使っちゃいました……」
「なるほど……」
ペコラの言葉に納得し、俺は呟く。便利なものだ。それでもいまだに羊毛にはほんのわずか、しっとりとした感触が残っていた。それがまた、興奮に火照った俺には心地よい。
 胸をつかんだ手で、ぐにぐにと乳房を揉みほぐす。
「あふ……っ、おっぱい、くすぐったい、ですよぅ……ん……っ」
「でも、気持ちいいだろ?」
「ふぁ、んっ……んっ、あん……」
 もどかしげに身をよじりつつも嬌声を上げるペコラの首元に顔を埋め、俺は囁く。彼女は瞳を潤ませたままゆるゆると首を振ってはいたものの、桜色に染まった頬を見ればその答えは明らかだった。
 ペコラの肌にキスの雨を降らせ、胸を弄りながら、俺は片手を彼女の下半身へと伸ばす。
「あっ……」
 それに気付いたペコラは短い声を出したものの、俺の手を阻もうとはしなかった。むしろ期待に満ちた瞳で、俺の顔を覗き込む。俺はそれに頷き、彼女の股間にそっと指を触れさせた。
 羊毛をかきわけ、肌へと触れる。割れ目に指先が届くと、ちゅく、と小さな水音が鳴り湿った感触が伝わった。
「濡れてる……」
 思わず呟いた言葉に、紅潮したペコラはぎゅっと目を閉じる。
「やぁ、言わないで……。はずかしい、ですぅ……」
「けど、どんどん溢れてくるぞ……」
 俺の言葉を聞きたくないと、ペコラはいやいやをする。が、その間にも彼女の秘裂からは愛液が染み出し、俺の指を濡らした。
 少女の見せる淫らな姿が、俺の欲望に火を灯す。
「ペコラ……俺、すぐにでも挿れたい……」
 興奮を抑えきれず、俺はズボンと下着を脱ぎ捨てる。既にがちがちに硬くなっていた肉棒がさらされる。服の中から解放されたそれは、目の前の少女を貪りたいといわんばかりにびくびくと震えた。
 その姿を見、ペコラは恥らいながらも、自ら俺を招き入れる。
「はい……きて、ください……」
 少女のいじらしい態度に、俺の心臓が一際高鳴る。無意識のうちにつばを飲み込み、少女の華奢な体の上に覆いかぶさるようにして、硬くなったもの先端を彼女の股間にあてがう。柔らかな羊毛が絡みつくのが、不思議な快感となって俺を刺激する。
「く……」
 羊毛の奥、しとどに濡れた割れ目の入り口を探り当てる。その瞬間、ペコラの体がぴくりと震えた。
 俺は右手をそっと彼女の頬に当てると、耳元でやさしく囁く。
「挿れる、からな」
 こくりと少女が頷いたのを確かめ、ゆっくりと腰を進めていく。花弁が二つに割り開かれ、肉の棒が秘められた場所へと、少しずつ埋められていく。
「んくぅ、んんん……っ!」
 体の中に異物を飲み込む感覚に、苦悶の響きが少女から漏れる。だが、俺の方にも余裕は無かった。彼女の膣内、肉の道は狭く、肉棒を押し戻そうとする。それだけでも達してしまいそうな強い快感を味わいながら、俺は奥へ奥へと肉壁を割り開いていく。
「あう……ぅ……」
 シーツを握り締め、ペコラが声を上げる。閉じられた瞳の端からは涙がぽろぽろとこぼれ、布地に染みを作った。その姿に罪悪感を感じつつも、俺は腰を進め続ける。
 やがて俺のモノが、彼女の最奥に到達する。大きく息を吐き出すと、少しだけ余裕が戻ってきた。
「ぜんぶ、はいったん、ですね……」
根元まで埋め込まれたそれを見、ペコラは涙をこぼしながらも嬉しそうに微笑んだ。
「ああ」
 俺もまた微笑み、彼女に頷き返す。
「大丈夫か?」
 俺がかけた言葉に、少女は呼吸を整え頷く。
「最初はちょっとだけ、痛かったですけど……、今は、大丈夫です」
 少女の顔を見つめ、その言葉がつよがりでないことを確かめると俺は安堵の吐息を漏らす。
「そうか……よかった」
 しばし、俺たちは繋がったままの体勢で動きを止め、抱き合う。
「あの……ダリオさま……わたしは大丈夫ですから、お好きなように、動いて、ください……」
ペコラの囁きに俺は無言で応え、彼女の細い腰をそっとつかむ。ゆっくりとうずもれていた肉棒を引き抜き始めた。
「くっ……すげ……」
 思わず、俺は感嘆の声を漏らす。先ほどまでは俺の肉棒を押し返していたペコラの中は、今度は俺のモノを逃がすまいと絡みつき、搾り取ろうとする。熱くぬめぬめした内膜と肉の棒が擦れるたびに雷撃にも等しい刺激が思考を焼き、背筋を震わせた。
 歯を食いしばり、肉棒を引き抜く。ペコラの入り口から先端が抜けるか抜けないかまで腰を戻した俺は、底で一旦動きを止め、今度はまた彼女の中へと押し入れていく。
「ふぁう、ああっ……」
 先ほどよりも速いペースで、肉棒を埋め込んでいく。ペコラの口は快感に開かれ、そこからは歓喜に満ちた声が上がった。
「んっ……あっ……あっ……やぁ……っ」
 ぎゅうぎゅうと締め付けるペコラの膣を味わいながら、俺はゆっくりと腰を動かしていく。そのたびに甘みを増していく少女の嬌声が、俺の興奮を加速させ、理性を眠らせていった。
 動きは次第に激しさを増し、打ちつけられる肉の音と、水音とが大きくなっていく。肌に浮かんだ汗も気にせず、俺はただひたすらに彼女に自らを突き入れていた。
「んっ……、あふ、あ……っ、だりおさま、だりおさまぁ……っ」
体の中をかきまわされながら、ペコラはうわごとのように俺の名を呼ぶ。切なげな表情に口付けをしてやると、彼女はもどかしげに舌を伸ばし、俺の舌に絡めた。
いつしか彼女もまた、俺の動きに合わせて自ら腰を動かしていた。股間の羊毛はぐっしょりと湿っており、溢れる愛液が二人の動きを手助けしていく。
「あぁ……あつい、あつぃですぅ……! わたし、とける、とけちゃうぅ……!」
「くぅ、あ……っ、ペコラの、すごい……うぅ……っ、どろどろで、きもち、いい……!」
 深いつながりが、俺とペコラを溶かし、一つにしていく。壊れるくらいにベッドを軋ませ、虚空に汗を舞い散らせながら、俺たちはひたすら動き続けた。
 少女の興奮に呼応するように、膣内はその締め付けを増し、俺を高みへと導いていく。あっという間に限界を迎えてしまいそうなほどの快感。俺はそれに必死で耐えながら、さらなる快楽を得ようと少女を貪る。
それはペコラも同じようで、時折快感に染まった顔に苦しげな色が浮かぶ。だが、魔物の本能なのかその度に少女の締め付けは強さを増し、俺の動きを加速させた。
 堪えきれない快感に、俺は限界がすぐ側まで迫っているのを感じる。快楽に白く眩む視界の中、淫らに蕩けた少女の顔を見つめ、俺は切れ切れに声を発した。
「ペコラ……くっ……、おれ、もう……」
「んっ、あ……っ、はい、わたし、も……」
 彼女もまた、嬌声と共にそれだけを言う。俺たちは互いの体をぎゅっと抱きしめると、残った全ての力を込め腰を打ちつけた。
 亀頭の先端が子宮口にぶつかり、意識が飛びそうなほどの刺激が俺たちを襲う。今までで一番の快感は、あっさりと俺の限界を超えさせた。
「うっ、ぐ……くぁぁ……っ」
 くぐもった声が漏れると共に、肉棒から、まるで爆発したかのような勢いで精液が放たれる。
闇の中全てを飲み込む白が視界を染め上げ、俺の意識を焼き払う。
「あああっ、あつぃ……いく、いっちゃいますぅ……! ふぁぁぁぁっんっ!」
そしてまた、膣内に溢れんばかりに熱い液体を注がれたペコラも背を弓なりにそらして絶頂に達した。呑み込みきれない白濁が割れ目から噴出し、シーツに落ちて染みを作る。
俺のモノがすべてを吐き出すと、張り詰めた弦が切れるように少女の体から力が抜ける。時折、最奥まで埋めたままの肉棒がびくりと震え、小さな嬌声が少女の口から漏れた。
「はぁ……、はぁ……」
 やがて炎が消えると、波も静かに引いていった。俺たちは全身にのしかかる倦怠感に負け、ぐったりとベッドの上に倒れこむ。荒い呼吸はしばらくは治まってくれそうになく、視線を動かすと大きく上下する自分の胸が見えた。
「あはぁ……、すごかった、ですねぇ〜」
 隣から響いた声に、俺は顔を向ける。真っ赤な顔で、しかし嬉しそうな表情を浮かべたワーシープの少女がすぐ側にいた。その言葉に、俺は小さく頷く。
 しばしそのまま、俺たちはベッドの上に体を投げ出していた。全身に残る常時の余韻が少しずつ薄れていくのを名残惜しみながら、俺は静かに呼吸を整える。
 体力が戻ってきたのを感じ、そっと肉棒を引き抜く。どろどろの液体に塗れたそれは呆れたことにまだ硬さを保っており、ペコラの秘所もまた期待に震えて濡れだしていた。
「ね……」
 それを分かっていたのだろう。いまだ興奮の炎が消えない瞳で、ペコラが俺を見つめる。可愛らしい顔に似合わぬ妖艶な色を浮かべ、少女は俺に囁いた。
「もういっかい、しましょう?」
「ああ、そうだな」
 完全に獣に堕ちた二人は、いつ終わるともしれない快楽へとその身をゆだねるのだった。

・・・・・・・・・・・・

「すぅ……すぅ……」
 幸せそうな表情を浮かべて眠るワーシープを見下ろし、俺は口元を緩める。そして、再度この少女に対する自分の想いをかみ締めた。
 結局の所、俺は彼女にとことん惚れこんでしまっていたのだった。
あまりにも突然のことで、最初はその気持ちを理解できなかったから、あれこれ理由を付け、人間だ魔物だといって誤魔化そうとはしていたが、結局、自分に嘘をつくことはできなかった。 
風呂場の件よりも、夕食の時よりも先に、もしかしたら彼女の姿を最初に見たときから既に俺は彼女とこうなることを望んでいたのかもしれない。思えばペコラの夜這いを期待していたからこそ、わざと鍵も掛けなかったのだろう。
「ふみゅ……」
 俺の考えが伝わったわけではないだろうが、ふとペコラが声を上げた。毛布に包まったまま身じろぎすると、瞳を薄く開く。
「起こしちまったか?」
 俺の声に、ペコラはゆるゆると首を振る。どうやら、少女の意識は半分夢の中のようで小さなあくびをすると、再び瞼が下がりだす。慌てて目を開こうとするものの、すぐにとろんとした顔になってしまう。
「悪い、眠ければ寝てていいぞ」
 傍らの少女にそう声をかけると、彼女は頷いて瞳を閉じた。すぐさま、穏やかな寝息が聞こえてくる。
「寝付きいいな、さすがワーシープ」
くすりと笑みを浮かべた俺は、ずれかけた毛布をきちんと掛けてやる。安心したような顔ですうすうと規則正しい寝息を立てる少女は、とても幸せそうに見えた。
「俺も寝るか」
 見ているだけで眠気を誘う少女の姿に、あくびをひとつすると俺も身体を横たえる。無意識なのか、きゅっと俺の寝巻きを摘まむ少女の手を優しく撫で、瞳を閉じると、俺もすぐさま眠りへと落ちていった。

・・・・・・・・・・・・

 ゆっくりと、眠りの世界から意識が浮かび上がる。重たい瞼をなんとか開けると、視界いっぱいに見慣れない天井が広がった。記憶にあるそれは、昨晩泊まった宿屋のものだ。
「もう朝か……」
 身体を包む温かな布団の感触を味わいながら、俺は寝転んだままぼんやりと天井を見つめる。十分に休息を取った体はすっかり体力と気力を回復させてはいたが、この温かさを失うのが惜しくて俺はなかなかベッドから起き上がれずにいた。
 ふと、先ほどから耳を打つ音に気付く。首を動かして窓に目を向けると、曇った空から大粒の雫が大地に降り注いでいるのが見えた。
「雨、か」
 ぽつりと呟く、窓を叩く騒々しい音からして、降りはかなり激しいようだ。遠くに見える森の木々には恵みの雨だろうが、旅人にとってはあまり嬉しくないものだった。
「どうしたもんか」
 じっと窓を睨んでいた俺は視線を外すとぽりぽりと頭をかき、溜息をこぼす。窓の外で降り続く雨は、少なくとも当分の間は止んでくれるような気配は無かった。
「ん……」
 耳元で聞こえてきた声に、今度はそちらに顔を向ける。俺の視線の先では、あどけない寝顔を見せる少女が幸せそうに瞳を閉じていた。純白の髪からのぞく羊の耳が、雨音が響くのにあわせてぴくぴくと動く。
「ペコラ」
 そっと、少女の名を呼んでみる。その声にワーシープはもぞもぞと身じろぎすると、ゆっくりと瞳を開いた。眠たげな水色の瞳がふらふらと彷徨い、やがて俺の姿を捉える。
「あ……ダリオさま……おはよう、ござい、ます〜」
 まだ眠たげにとろんとしたまま、ペコラが言う。そんな少女の様子にわずかに苦笑しつつ、俺もまた挨拶を返した。
「おはよう」
 そっと頭を撫でてやると、ペコラは幸せそうな表情を浮かべた。ふわふわの毛をそっと指で梳くと、彼女はうっとりと瞳を閉じた。その姿に、俺もまた幸せを感じる。
 撫でる手を止め、そっと離すとペコラは一瞬名残惜しそうな顔をしたものの、すぐに自らの手を伸ばして俺の手に重ねる。俺がペコラに顔を向けると、少女はくすりと笑みを浮かべ、握る手にそっと力を込めた。俺もまた、彼女の手をやさしく握り返す。
 触れ合う手が体温を伝え合い、二人の想いをも通わせあうような気もした。
「ダリオさま」
 ペコラが俺の名を呼ぶ。
「ん?」
 思考を中断させ、意識を少女へと向ける。目と鼻の先、ほんの少し動けば触れ合うくらいの距離でベッドに寝転んだままのワーシープの少女が、何かを期待する瞳でこちらを見つめている。
「あ、えとぉ……」
ペコラはちょっとだけ迷う素振りを見せたあと、俺を真っ直ぐに見つめ、言葉を続けた。
「今晩も……お泊りになりますかぁ?」
「……そうする」
 少しだけ考えるふりをしつつも、答えは決まっていた俺はそう呟く。
今更ながらに顔が熱くなったのを感じて、俺は寝転がったまま明後日の方を向いた。隣では、寝転んだままのペコラが微笑むのが気配で分かる。それに、俺はますます顔を熱くする。
「今夜も〜、お楽しみ、ですねぇ〜」
 いたずらっぽく囁くペコラの声が、耳に届く。同時に、少女の身体が密着するのを感じた。加速する鼓動を認めつつ、俺は体に回された少女の腕に、そっと手を重ねる。
仮に雨が上がったとしても、この宿を旅立つことは難しそうだった。

・・・・・・・・・・・・

 それからしばらくして。
森の奥の平原に、仲睦まじい夫婦が営む小さな宿屋がある――そんな噂が旅人や魔物の間で飛び交うようになったのは、また別のおはなし。


『ストレイシープは眠れない』 おわり

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