『農夫と雌牛の牧場物語』

「くぅ〜……すぅ〜……」
 眠り。それは基本的に、全ての生きるものにとって必要不可欠な要素である。それは無
論、人間にとっても例外ではない。健やかな眠りは心と体を癒し、明日への活力を生み出
すのである。
「すぅ〜……くぅ〜……」
 まあ、そんな小難しい理屈を抜きにしても、眠りを嫌うものはそうは多くあるまい。暖
かく柔らかい布団に包まれたベッドの中というのは、殆どの人が手軽に用意できる極楽空
間だ、ということに異論を挟むものもそうはいないだろう。目を覚ませばいろいろやるこ
と考えることがあって大変だから、寝ている間だけは悩むことはないから、などとあれこ
れ理由をくっつけなくとも、大部分の人はただ単純に睡眠の心地よさを知っており、でき
るものならずっとまどろんでいたいと思っているものである。
「むにゃ……ほら〜、ゆーくん、ぎゅ〜……むにゃ……」
 できるものなら。

――――――――――――――

「むぐぅっ!?」
 突然大きく、あったかく、柔らかい「何か」が顔に押し付けられ、心地よく惰眠を貪っ
ていた僕、ユーミルは反射的に声を上げた。ぴったりと押し付けられたものに酸素吸入口
――要は鼻と口だ――が強制的に閉鎖され、酸欠状態に陥ったせいで僕の顔はあっという
間に真っ赤に染まり、意識が遠のいていくのが分かった。
(……い、いけない……!)
 唐突な命の危険に、僕は慌てて両腕を動かし、顔に押し当てられている「もの」を掴む。
大きく、柔らかな何かに指がめり込む感触が伝わり、しかもそれがもぞもそと動いた気が
するが、とりあえずは無視。
「むにゃ……やぁん〜、ゆーくんのえっちぃ〜」
 さらに頭上から聞こえてきた甘ったるい声を聞き流すと、僕は腕に力を込め、顔に押し
付けられているものを引き剥がす。相手は離されまいとさらに肉を押し付けようとするが、
こればかりは譲るわけにはいかない。命が掛かっているので。
「……ん〜ん〜ん〜っ!」
 しばし、ベッドの中で寝転がったまま、毛布に絡まり、枕を弾き飛ばしながらの攻防が
続く。傍から見れば間抜けな小競り合いだが、僕にそんなことを気にする余裕は欠片もな
かった。
 やがて必死の抵抗が功を奏し、ようやく顔との間にかすかな隙間を確保する。
「ぷふぁ! や、やばかった……! はぁっ、はぁっ、今回は本当に……」
 不足していた酸素を補うべく、大きく開けた口から空気を思う存分吸い込み、文字通り
一息つく。なんとか落ち着いてみれば、視界いっぱいに広がる白地に黒のまだら模様……
の布に包まれた謎の物体。
 目の前で再び押し付けられようとするそれに、僕は慌てて大声を上げた。
「ちょ、ちょいたんま! お姉ちゃん、待って〜!!」
「ふあぁ〜……。ん〜〜?」
 寝室に響く大声に、僕のすぐそばからのんびりとした声が聞こえてくる。同時に顔へと
押し付けられていた大きな胸が離れていき、僕はようやく安堵の吐息を漏らした。
 視線を胸からずらし見てみると、眠たげな表情をした女の子の顔が目に入る。
 白と黒の毛が混じった不思議な色の髪。長いまつげが縁取る大きな垂れ目はまだしっか
りと開ききっておらず、とろんとした顔はいまだに半分夢の中のようである。やさしげな
微笑を湛える口元はゆるいカーブを描き、漏れ出す吐息が鼻先をくすぐる。
 やや童顔気味なせいか、僕より二つ年上の19歳にはとても見えない女の子。それだけ
ではなく、なんというか……ちょっとそこらへんにはいない、不思議な雰囲気を持った少
女である。
 それをなによりも特徴付けるのが、彼女の頭から覗く黄色がかった一対の大きな角と、
白い毛に覆われた牛の耳だった。今は掛け布団の下に隠れてはいるが、その下半身も白と
黒の体毛で覆われ、足先は硬いひづめになっている。そしてお尻からは先端がふさふさし
た毛の尻尾が生えていることも、僕は知っていた。
 そう、彼女は人間ではなく、人々に「魔物」と呼ばれる存在なのである。種族ごとに様
々な姿をした彼らは人間よりもはるかに優れた体力や魔力を持ち、伝承や御伽噺に語られ
るように、多くは抗う力を持たない一般人にとっては恐怖の対象……とされている。
 とはいえ、それは教会が一方的に言っていることで、実際には一口に魔物と言っても性
格は千差万別、魔物ごとにさまざまな特性や嗜好がある。何も人を襲い、害するものばか
りではないのだ。むしろ、魔物の多くは人間を愛し、共に暮らすことを望んでいるのでは
ないかと思える。
 その一例が、今僕と一緒のベッドに入っている彼女――ミナお姉ちゃん。「ホルスタウ
ロス」という名の彼女の種族は、魔物とはいっても冒険者や王国兵士が目の仇にしている
ような、人を襲う危険なものではない。
 彼女たちの種族、ホルスタウロスは基本的に温厚で献身的な性質を持つ魔物であり、人
を襲うのではなくむしろ人間と共に里で暮らすことを選んだ種族といわれる。実際にホル
スタウロスの娘は農業を営む者の多くに家族、あるいは恋人として想われ、共に暮らし、
大事にされているものも多いらしい。
 まあ、それはそれとして。僕と共に暮らすミナお姉ちゃんは先ほどの説明の通り、牛の
特徴を持つ獣人型の魔物、ホルスタウロスという種族である。たわわに実った果実の如き
大きな胸も彼女の種族の特徴の一つなのだが、どうもそれを押し付けるのが彼女たちホル
スタウロスの癖らしい。それが嫌というわけではなく――むしろ気持ちよくて好きなのだ
けれど、時には厄介なことになるのだった。具体的には先刻のように、あまりに強く押し
付けられて窒息しそうになったり、と。
「あれ〜? ゆ〜くん、どうしたの〜?」
 僕の声で眠りから醒め、不思議そうに首をかしげるミナお姉ちゃんは、いつもどおりの
のんびりとした口調で言う。
「どうしたのじゃないよ……。おねえちゃん、いい加減に寝ぼけて胸を僕の顔に密着させ
るの、やめてよね……」
「ふぇ〜〜……? 胸〜……?」
 彼女は目をこすりながら、白と黒の毛に覆われた耳をぴくぴくと動かす。たっぷり時間
をかけて、ようやく言葉の意味を理解したらしい彼女は、眠たげだった目をパッチリと開
いた。すぐにばつの悪そうな表情が浮かび上がり、ミナお姉ちゃんはこちらの顔色を窺い
ながらおずおずと口を開く。
「あ、あら〜……あぅ〜……。あ、あの〜……、もしかして〜おねえちゃん、また、やっ
ちゃったの〜?」
「ええ、やっちゃいました。ついさっきまで弁解のしようも無いほどばっちりとね。……
危うく息ができなくて逝っちゃうかと思ったよ」
「あ、うぅ〜……」
 僕にじろりと睨まれ、口元に両の手を当ててうろたえるミナお姉ちゃん。彼女はおろお
ろしながら、謝罪の言葉を発する。
「うう〜……ごめんね〜ゆーくん〜。おねえちゃん、今度からは〜ちゃんと気をつけるか
ら〜。だから〜、ごめんなさい〜。ゆるしてゆーくん〜」
 目を潤ませながら、何度もごめんなさいと繰り返すお姉ちゃん。このやり取りも何度目
だろうか。毎回謝ってはくれるのだが、残念ながら改善されたことは無かった。まあ、こ
の行動は種族の本能だというし、ある意味、制御できないものだから仕方ない。実際には
それほどの被害というほどのことでもないし、あまり怒ってもかわいそうかもしれない。
 そう考え、僕は内心で溜息をつくとミナお姉ちゃんをもう一度しっかりと見つめた。
「ゆーく〜ん……」
 最初は自分が僕の保護者代わりだといっていたのはどこへやら。涙を浮かべ、こちらを
じっと見つめる彼女の姿は、とてもじゃないが二つも年上には見えない。それが逆に、男
の僕が守ってあげなくちゃという気にさせもするのである。
 だから僕はいつも彼女に対して強く出ることができず、最後にはこう言うしかないのだ
った。
「……はぁ。次は気をつけてよね」
「うん、うん! 気をつけるから〜! やさし〜ゆーくん大好き〜」
 許され、安堵した彼女は嬉しそうにぶんぶんと首を振り、僕に抱きつく。ふくよかなお
っぱいが胸に当たり、柔らかな感触に不覚にもどきどきしてしまった。やれやれ、と誰に
向けてか分からない溜息をこっそり漏らし、僕は彼女に抱きしめられたままぼんやりと考
えた。
(そろそろ朝食を作らないといけないんだけど……さて、どうやってこの状況から抜け出
したものかな……)

――――――――――――――

 農家の朝は早い。
 流石に日の出前、辺りが真っ暗なうちから起きて畑で仕事、とまでは行かないものの。
外には静謐な早朝の気配が満ちている。親元から離れ、この家でミナお姉ちゃんと暮らす
ようになってから、僕も随分と早起きになったと思う。
 あの後、「もうちょっと、もうちょっとだけだから〜ゆーくん抱っこさせて〜」とごね、
僕が腕の中から抜け出ることを阻止しようとするミナお姉ちゃんを何とかなだめすかして
説得した僕はベッドから出、キッチンへとやってきていた。
「ん。今日もいい天気」
 窓を開け、さわやかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。冷たい空気と朝日の眩しさに
頭がはっきりとしたのを感じた後、僕は戸棚と食料庫から食材を取り出すと、朝食の用意
を始める。
 パンにマーガリンとジャムを塗り、バスケットに入れてテーブルに置くと、次は卵を熱
したフライパンに落とす。鼻歌交じりに焼いて、黄身が半分ほど固まった時点で次の卵へ。
二人分の目玉焼きが出来たら、刻んだ野菜にあらかじめ作ってあったドレッシングをかけ
て皿に盛り付け、テーブルへと運ぶ。
「これでよし、と」
 自画自賛ではあるけれど、料理の出来は満足のいくものだった。簡素ではあるが、朝の
食事としては十分なメニューだろう。
「はふぅ〜……ごはん〜?」
 準備が完了するのとほとんど同時、料理の香ばしいにおいに引かれたのか、まだ少し眠
そうな表情のミナお姉ちゃんが寝巻きのまま姿を現す。とろんとした表情と、着崩れたパ
ジャマが妙に色っぽい。 内心どきどきしたのをごまかし、僕は言葉を発した。
「あ、うん、朝ごはん。ほら、席について」
「は〜い〜……」
 間延びした返事と共にゆっくりとした動きで席につき、微笑を浮かべてこちらを見つめ
るミナお姉ちゃん。僕も自分の椅子を引いて、彼女の向かいに腰を下ろした。
「じゃ、冷めないうちに食べよっか」
 僕の言葉にお姉ちゃんも頷く。僕らは手を合わせると、声をそろえていただきますと発
した。

「はむはむ……。おいし〜。ゆーくん、相変わらず〜お料理〜、上手だね〜」
 もしゃもしゃと口を動かしながら、お姉ちゃんは至福の表情どおりの声を出す。
「そんなことないよ? 大体、僕に料理を教えてくれたのはお姉ちゃんでしょ」
 ミナお姉ちゃんの向かい側に座って頬杖をつきながら、彼女を見つめる僕は答える。牛
だからか、ミナお姉ちゃんの食べるペースが僕よりも遅い、のんびりとしたものなのはい
つものこと。なので先に食べ終わった僕は食器を下げると、食事を続ける彼女の表情を眺
める、という光景が恒例のものになっていた。
「そ〜だけど〜。でも、やっぱりゆ〜くんのお料理の方がおいしいよ〜」
 僕の言葉にそう返しながら、ミナお姉ちゃんはサラダの器に手を伸ばし、野菜をフォー
クに刺す。幸せそうに頬を緩めながら料理を咀嚼するあどけない少女の姿を眺めながら、
前はもっとちゃんとお姉ちゃんが保護者してたのになあ、と僕は苦笑した。



 彼女、ホルスタウロスのミナお姉ちゃんと僕が出会ったのはもう随分と前のこと。はっ
きりとは知らないのだけれど、僕が生まれてまもなくの頃だと親から聞いている。
 なんでも待望の跡継ぎである僕の誕生祝いとして、まだ幼い子供のホルスタウロスだっ
たミナお姉ちゃんが父の知り合いの家から貰われてきたのだという。本当はミルクをとる
ためだけのつもりだったのが、彼女を一目見た僕がずいぶんと気に入ってしまったので、
特別に側においていくことにしたのだとか。
 物心付いた時には既にミナお姉ちゃんが僕の隣におり、彼女とは今日までずっと一緒に
育ってきた。人と魔物という種の違いこそあったが、お姉ちゃんは僕を本当の弟のように
想い、ずっと見守り助けてきてくれた。そして僕も、彼女を本当の姉のように想い、慕っ
てきた。
 僕はそうして穏やかで幸せな生活を送り、周囲の愛を受けて健やかに成長していった。
久しく手入れするものも居らず放置されていた土地を譲り受け、きちんと農業ができる
までにすること約束した僕がこの家に来たのは1年前。ついこの間のことのように思える。
 成人を間近に向かえた僕は一人前として認められるための試験を提示され、本当なら一
人で暮らすはずだったのだが、ずっと一緒だった僕と離れることなんて出来ない、とミナ
お姉ちゃんが大騒ぎし、なんだかんだあった挙句、最終的には両親も認めて二人で暮らす
ことになった。
 彼女、当初は年上らしくなんだかんだと家事を教えてくれたものの、もともとあまり活
動的でない性格のためか、僕が一通りの家事を覚えると自分はさっぱり手を出すことも無
くなってしまった。まあ、火を点けて料理しながらうっかり眠られたりするよりは、僕が
やった方が精神衛生的にも安全面でもいいから、今のままでもいいといえばいいんだけど。
大きなこどものような彼女を見ると、つい、「お姉ちゃん」とは何か考えてしまう。

「あ〜、ゆ〜くん〜、何か失礼なこと考えてるでしょ〜」
 回想に浸っていた僕の意識を、お姉ちゃんののんびりとした声が現実に引き戻す。目の
前には朝食を残さず食べ終わったホルスタウロスの女の子がこちらを見つめていた。いつ
もはぽやんとしているのに、お姉ちゃんはこういうところだけ妙に鋭いのだ。
「いやいや、そんなことはないですよ?」
 僕は誤魔化すように手を振り、立ち上がると彼女の器を流しに下げようと皿に手を伸ば
す。しかし、食器を掴もうと差し出したその手を彼女はそっと掴み、僕の動きを止めた。
「お姉ちゃん?」
 声をかけた僕にお姉ちゃんは頬を染め、しかし瞳は反らさずこちらをまっすぐ見つめな
がら、口を開く。
「ゆ〜くん、まだご飯は〜終わってないでしょ〜? だめだよ〜、ちゃんとミルクも飲ま
ないと〜。大きくなれないよ〜」
「あ、あ〜……うん、わかった」
 もう子供じゃないんだけどな、と内心ちょっぴり思いつつも、僕は声を返す。そもそも、
本当に幼い頃からそういう風にずっと言われて母乳の代わりにすら栄養価の高いホルスタ
ウロスの乳を飲んで育ったために、僕はかなり背の高い方だと思う。
 まあ、お姉ちゃんにとってはそれはもちろん建前で、本音はただ単純に自分のお乳を飲
んでもらいたいのだろう。断ってミナお姉ちゃんを悲しませることもないし、彼女のミル
クが美味しいのは本当のことなので僕は素直に従う。
「あ〜……まって〜。そっちじゃなくて〜」
 コップを用意しミルクの瓶を取り出そうと部屋の隅に置かれた氷精の力の込められた保
存庫に向かおうとした僕の背に、お姉ちゃんの声がかかる。振り向いた僕に恥ずかしそう
に頬を桜に色づかせながら、彼女は言葉を発した。
「あの〜、せっかくだからね〜……おねえちゃんの出来立てミルクを、飲んで欲しいの〜」
 そういってもじもじと体をゆするホルスタウロスの少女。彼女からそう言われたのはこ
れが初めてではから、そのセリフがどういうことを意味しているのかは今更分からないで
もない。……けれど。
「……朝から?」
 流石に朝っぱらから誘われることは珍しかったので、思わず僕は聞き返した。
「うん〜……。ほら〜、さっきのベッドでのお詫びにね〜」
 もちろん、その言葉は本当ではあるのだろうけれど、それだけではないと思う。ちらり
と顔色を窺うと、ミナお姉ちゃんは是が非でも僕に飲んで貰いたいらしく、その瞳には決
意の色が宿っていた。こういうときの彼女は絶対に折れないということを経験上知ってい
る僕は、早々と降参する。
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて、いただきます……」
「はい、どうぞ〜。たくさん、めしあがれ〜」
 僕の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべた彼女は、いそいそと服をまくりその大きな胸を露
にする。ぷるんと揺れる双丘の先端に、綺麗な桜色の乳首。人間の女の子の胸とまったく
違いはない。
 椅子に座ったままの彼女に近づいた僕は床にひざ立ちになり、気恥ずかしさを表情に出
しながらも、そっとその乳首を口に含む。
「ん……あっ」
 敏感な所に触れられ、小さな喘ぎがお姉ちゃんの口から漏れる。乳首を軽く舌先で転が
し、啜ると同時に甘く、濃厚な液体が僕の口に流れ込んできた。絞りたてのミルクの匂い
が、いっぱいに広がる。
「んむ、ん……んっ……ん……」
 まるで彼女そのままのような暖かく優しい味のミルクが、口内を満たす。喉をわずかに
鳴らして嚥下すると、ミルクが全身に染み渡っていくようだった。
「えへへ……ゆーくん、おいし〜? いっぱい飲んでいいからね〜」
 わが子を慈しむような優しく幸せそうな声と表情で、ミナお姉ちゃんは赤子のように胸
に口をつける僕の頭を優しく撫でる。それが不思議な安心感をもたらし、しばし、恥ずか
しさも忘れて僕は赤ん坊のように彼女のミルクを求め、乳首に吸い付き、ひたすら貪って
いた。
 やがて十分に喉を潤した僕は、そっと彼女から離れる。
「あん……。もう、おわり〜?」
「あ、うん」
 名残惜しそうな声を出し、少しだけ寂しそうな表情を浮かべたホルスタウロスの少女に、
ちくりと胸が痛む。本音を言えばもっともっとお姉ちゃんのお乳を飲んでいたかったけれ
ど、残念ながらおなかいっぱいになってしまったのだ。
 先ほどまで吸い付いていた胸を見ると、吸い付いた後が肌に紅く残っており、乳首の先
端からは白い液体が垂れていた。恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じながらも、僕はなん
とかお礼の言葉を発した。
「あ、え〜と、ごちそうさまでした。美味しかったです」
 僕の言葉にミナお姉ちゃんは嬉しそうに微笑みを浮かべ、言葉を返す。
「はい〜、おそまつさまでした〜。また飲みたくなったら〜、いつでもおねえちゃんに言
ってね〜」
「うん」
 頷き、僕はタオルを取ると垂れたミルクを拭いてあげる。気持ちよさそうに目を細めて
いたお姉ちゃんは、ふと小首をかしげると僕に尋ねた。
「そうだ〜。ゆーくん、今日は〜お乳搾りはどうするの〜?」
「あー……そうだね。どっちみち収穫した作物を町に売りに行くつもりだったし、ミルク
もついでに持っていくのにちょっとだけ搾ろうかな。まあ、朝ごはんの後は畑を見てこよ
うと思ってたし、すぐじゃなくてもいいよ」
「わかった〜……じゃ、おねえちゃんは家にいるから〜、声かけてね〜」
 ミナお姉ちゃんはそういうと、部屋の床に敷かれた厚手の絨毯の上に体を横たえる。可
愛らしいあくびを一つしたかと思うと、目をつぶり早くも寝息を立て始めた。
「……本当よく寝るよね〜。しかもすごく気持ちよさそうに。お姉ちゃんを見てると、僕
も次はホルスタウロスに生まれたくなっちゃうよ」
 苦笑を漏らしながら、僕は朝食の皿を片付ける。洗い物をする水音にも、皿を片付ける
物音にもお姉ちゃんは時折耳と尻尾を動かすのみで、まったく起きる気配はなかった。
 くぅくぅと規則正しい彼女の寝息を聞きながら僕は作業着に着替えると、幸せそうに眠
るホルスタウロスの女の子を起こさないようにそっと家を出た。
 さて、お姉ちゃんのためにも一仕事がんばりますか。

――――――――――――――

 家を出た後、僕は周囲に広がる畑を見て回った。きれいに植えられた作物に水、そして
肥料をやり、いつの間にか伸びていた雑草を抜く。
 それから十分に熟し実った野菜を収穫し、傷がつかないように気をつけて籠に入れる。
 いくつかの籠がいっぱいになると、それらを荷車へと積み込み、町に行くための用意を
整えた。
「ふぅ……こんなもんかな」
 荷台に並んだ野菜の籠を見やり、僕は一息つく。それほど広くない土地だとはいっても、
一人で全ての作業をやり終わるころには随分と時間が経ってしまっていた。額に浮かんだ
汗を袖でぬぐい、空を見上げれば太陽は中天に差し掛かろうとしている。
「ゆーく〜ん〜」
 響く声に視線をやれば、いつの間にかお昼寝から目覚めたらしいミナお姉ちゃんが家の
前に立ち、こちらに手を振っていた。
 大きな胸を揺らし、しっぽがぱたぱたと振られているのを見るに、搾乳の準備はすっか
り整っているということなのだろう。
「じゃ、そろそろお乳搾りしようかな」
 待ちきれないといわんばかりのお姉ちゃんの姿にくすりと笑い、僕は彼女の待つ家に向
かって歩き出した。
 家に入るとすぐに、ミナお姉ちゃんの姿が目に入った。こちらを見つめるお姉ちゃんの
頬はほんのり色づき、瞳にはどこか熱がこもっている。
「えへへ〜。ゆーくん〜、お乳搾り〜?」
 隠し切れない期待が漏れ出すその表情に、体の前に置かれた金属の桶。準備は万端のよ
うだった。ぱたぱたと動く耳を見ても、早くしてもらいたくてたまらないというのが、あ
りありとわかる。
「ん……あ〜、うん。お昼の後に出かけたいから、そろそろしようかって」
「うん〜。いつでもいいよ〜」
「じゃ、じゃあ……その、お姉ちゃん、脱いでもらって、いい?」
 毎日のようにしていることなのだけれど……つい、恥ずかしさに口ごもってしまう。頬
を真っ赤にした僕に一瞬きょとんとした後、彼女はくすくすと笑った。こくりと頷き、両
手で胸元の布を捲り上げる。
「じゃあ〜、お願いね〜」
「う、うん」
 僕はおっぱいをさらけ出したお姉ちゃんの背後に回ると、その体を抱きしめるように豊
かなふくらみに手を添える。手のひら全体に伝わる熱と、彼女の鼓動を感じながら、僕は
やさしく胸を揉みほぐす。そのたびお姉ちゃんの体がわずかに身じろぎ、口からは甘い声
が漏れる。
「んぅ……っ!」
 指先が乳首に触れた瞬間、ミナお姉ちゃんの体が大きく跳ねた。僕は慌てて手を止める
と、肩越しに声をかける。
「大丈夫?」
「うん〜。平気〜」
 首を曲げ、振り返って背後の僕に微笑みかけるミナお姉ちゃん。その顔は上気してはい
るが、辛そうな色はなかった。ほっと胸をなでおろし、僕は言う。
「無理しちゃダメだからね。辛かったらすぐ言ってよ?」
 念を押すと、ミナお姉ちゃんはこくんと頷く。緊張をほぐすために、僕はもう少しだけ
彼女の胸を揉んであげた。
「んっ……おっぱい……気持ちいいよぅ〜……あっ、やぁん……」
 お姉ちゃんが体を震わせ、嬉しそうに声を上げる。やがて彼女の準備が整ったのを見計
らい、僕は力を入れすぎないようにそっと乳首をつまむと、優しく搾乳を始めた。
「ん……ふぁ……あぁん……」
 悩ましげな声と共に、大きな胸から白い液体が迸る。甘いミルクの香りが、僕の鼻をく
すぐる。
 胸に当てた手を動かして刺激を与え、乳を出させながら、僕は声をかける。
「痛くない? お姉ちゃん、辛くない?」
「うん〜……あっ、ふぁあん……だいじょうぶ〜……ゆーくん、おちちしぼるの〜じょう
ずだから〜…もっと、ぎゅってして〜いいよ〜……んぅ、ぁ……ひゃん!」
 僕の言葉に、彼女は快感の声を上げつつこくこくと頷く。幸せそうな表情と響きは、本
心からのものなのだろう。
「よかった。じゃ、もう少しだけ、お願い」
「うん〜……ふぁ、ぁん……いいよ〜……。いっぱい、しぼってね〜……」
 お姉ちゃんの言葉に応えて、しばし、僕は彼女の胸を揉みしだきミルクを搾る。迸る液
体の勢いはまったく衰えを見せず、みるみるうちにお姉ちゃんが抱える桶の中にはミルク
が溜まっていった。
 やがて大きな桶いっぱいのミルクが溜まるころには、僕はすっかり汗を書き、室内には
むせ返るような濃厚な香りが広がっていた。
「これくらいあれば、いいかな?」
 とりあえず保管してあった分と合わせて、売りに出す分としては十分な量を確保した。
 ふう、と額の汗を拭い、僕はミナお姉ちゃんのおっぱいから垂れたミルクと、肌に浮い
た汗を優しく拭いてあげる。
「お疲れ様、お姉ちゃん」
「ん〜。どういたしまして〜……」
 僕のねぎらいの言葉に彼女は誇らしげな、そして少しだけ恥ずかしそうな顔を作った。
桜に色づいた肌と、目を伏せる仕草が妙になまめかしい。
「それじゃあ、ご飯の後、午後には出かけようね」
 誤魔化すように言って、僕は体を離そうとする。しかしそれは僕の腕をつかんだお姉ち
ゃんによって阻止された。
 だがそれ以上は何もせず、彼女は僕の顔を見つめたまま、立ち上がろうとも動こうとも
しない。ただ頬を染めて、こちらを見つめるだけだった。
 この表情をした彼女が何を望んでいるのかは、僕にはよく分かっている。ミナお姉ちゃ
んは搾乳をされた後、必ずこうやってキスをねだるのだ。知らない振りをすることも出来
たが、そうすれば泣き出しそうな顔をするに決まっている。
「はいはい、僕の負けです。じゃ、いつものするからね」
 そんなお姉ちゃんの顔を見たくない僕は頬を赤くしながらも、期待に応えざるをえなか
った。
「ありがと〜、ゆーくん〜……。んっ……」
 僕の言葉にふにゃ、と口元をほころばせた彼女の唇をすかさずふさぐ。触れ合う感触に
一瞬だけ驚いたようだったが、ミナお姉ちゃんはすぐに自分からも唇を押し付け、舌を伸
ばしてきた。僕も舌を伸ばし、彼女の望みに応える。
「ちゅ、ちゅぱ……んふ……、ちゅ……ちゅぅ……」
 そうしてお互いに口を吸い、舌を絡めあう。淫らな音が響き、甘いミルクの匂いと共に
興奮をもたらした。
 ややあって僕が顔を離すと、まだ少し物足りなそうなミナお姉ちゃんの顔が目に入る。
唇に指をあて、なぞりながら不満げな声を出した。
「もうおわり〜?」
「終わり。出かけられなくなっちゃうから、続きは夜ね」
「は〜い〜……」
 僕の言葉にしぶしぶ頷く彼女。正直な所を言うと、僕も我慢するのは辛い。できること
ならこのまま最後までしてしまいたいくらいだ。しかしここで流されようものなら、お互
いに止めようともせず夜までずっとし続けかねない。午後の予定もあるし流石にそれはち
ょっとまずいので、ぐっと堪えるのだった。
「約束だよ〜。夜には〜たっぷりするんだからね〜」
「分かってます、約束は守ります。ほら、お姉ちゃんも町に行く用意をして」
 何度も念押しする彼女にそういうと、ようやく僕を抱きしめるのを止めてくれた。僕は
絞りたてのミルクの入った容器を抱え、自分達の分を取ると残りを売りに出すための入れ
物に移し変える。中身を全て移し、なみなみとミルクが入れられた容器にしっかりとふた
をすると、先ほど野菜を載せた荷車に積むため、家を出た。

――――――――――――――

「風が〜気持ちいいね〜」
「そうだね。空も綺麗な青だし。絶好のお出かけ日和だね」
 家を出てしばし。平原の中を貫く街道を、作物とミルクの入った缶を積んだ荷車が進む。
御者台に乗った僕の頬を、通り過ぎる風が撫で、景色と共に流れていく。左右には青々と
した草が覆う草原が広がり、所々にぽつんと木が生えていた。目を前に向ければ、荷車を
引くミナお姉ちゃんの背中。先端だけがふさふさとした尻尾が、リズミカルに左右に振ら
れ、彼女の感じている気持ちよさを表している。
「お姉ちゃん、疲れてない?」
「全然疲れてないよ〜平気だよ〜」
 僕が声をかけると、元気いっぱいの明るい声が返ってくる。彼女は魔物だけあって、人
間の僕よりもずっと体力があるのだ。人の力ではとても引けないような荷を載せた車を、
町まで運ぶくらい楽勝なんだという。
 けれど、そうしたことを十分に分かっていても、女の子に重い荷を積んだ車を引かせて
自分はただ乗っているというのは、男としてちょっとした気まずさがある。
「おねえちゃん、ゆーくんを乗せた車引くの好きだから〜。気にしないでいいのに〜」
 と、相変わらず鋭くこちらの内心を見抜いた彼女が、優しく声をかけてくれた。その言
葉に僕は笑顔を浮かべ、ありがとうと口にする。

 町へと向かう道は、やがて平原から森へと入っていく。頭上を覆う枝の隙間から降り注
ぐ光がまだらな影を作る地面、太い幹が無造作に立ち並ぶ視界。幾度と無く通い慣れた道
ではあるけれど、正直、ちょっとだけ不気味な印象もある。
 木々の合い間を通る小道を二人で進むと、不意に前方の茂みががさがさとざわめいた。
ミナお姉ちゃんは荷車を引く足を止め、茂みを見つめる。
「ん〜?」
 僕達の目の前で大きく茂みが動いたと思った瞬間、前方に人影が躍り出た。僕とお姉ち
ゃんは、共に道の真ん中に立つその姿を眺める。と、現れた影は僕らに向き直り、口を開
いた。
「急ぎの所すまない」
 僕たちの前に現れた人影は、強靭な手足を獣の毛で覆い、ふさふさのしっぽとショート
カットの髪からピンと飛び出した耳を持つ狼の獣人、ワーウルフだった。簡素な布を胸と
腰にのみ巻き、引き締まった体は滑らかな肌が多く露出している。一般には人を襲うこと
もある危険な魔物だといわれているが、こちらをじっと見つめる金の双眸、そこに敵意は
無かった。
 というよりも、僕もお姉ちゃんも良く知った相手だし。
 この森を縄張りとして暮らすワーウルフだという彼女。彼女らの種族、ワーウルフは普
通なら人間を見れば男女構わず襲い掛かってくるという危険な性質を持っているのだが、
僕らに関しては違った。初めて出会ったときに僕がミナお姉ちゃんと一緒なのを見、何か
納得したらしく、それからも襲ってくるようなそぶりを見せたことは一度も無い。今では
町に行く際にこの森を抜けるとき、顔を見せては二言三言話をする仲になっている。ここ
最近はあまり姿を見なかったので心配だったけれど、どうやら杞憂だったようだ。
「こんにちは〜」
「こんにちは。狼さん」
 僕たちはそろって軽く頭を下げ、挨拶する。すたすたと近づいてきた狼娘は僕の側に来
ると、ちらりと荷台を見やり、声をかけてきた。
「ミルクを頂きたいのだが……。構わないか?」
「うん、いっぱい持ってきたから大丈夫だよ。どうぞ」
「それはよかった。では、一缶貰っていく」
 僕の返事に安堵の声を発し、彼女は荷台に積んであったミルクの缶を一つ、ひょいと持
ち上げる。
「お〜……さすが」
 中をミルクで満たされた金属の缶は結構な重さがあるのだが、まるでそれを感じさせな
い動きに、僕は感嘆の声を漏らす。ミナお姉ちゃんといい、ワーウルフさんといい、魔物
娘さんはみんな女の子なのに力持ちさんだなあ、と、ちょっとばかり女性には失礼な感想
だったかも知れない。
「それにしても〜」
「ん?」
「狼さんがミルクが欲しいなんて〜、珍しいね〜」
 ミナお姉ちゃんの疑問に、僕もこくこくと頷く。彼女は狼らしく食事は肉がメイン、し
かも大抵は自分で狩ったもので済ませているらしく、今まで町に行く途中で出会っても、
こちらの持つミルクや野菜といった品物を求めることは殆ど無かった記憶がある。
「ああ……実は娘が出来たんだ。ただ、あまり私の乳の出がよくなくてな」
「わあ〜そうなんだ〜……」
「おめでとうございます〜」
 思いがけない言葉に驚きを感じたものの、幸せそうに話す彼女に僕達は祝いの言葉をか
ける。 それに彼女はほんのわずかに顔を染め、照れくさそうに頬をかいた。
「ふふ、ありがとう。なんだか恥ずかしいな。と、そうそう、ミルクの代価を払わなくて
はな」
 抱えたミルクの缶を下ろし、腰につけた小さな皮袋をごそごそと探る。ほどなくして目
当てのものを探りあてたらしく、彼女は僕の手を取ると何かを握らせた。
「とりあえず、今出せるものはこんなものぐらいだが……足りるか?」
 その言葉に指を開くと、手の中には大きな宝石を中心にはめ込み、周囲に豪奢な飾りの
ついた護符があった。宝石や装飾品の価値に疎い僕でも、一目で非常に高価なものだとは
分かる。
「ええ!? い、いいのこんな高そうなお守り!」
 思わず、大声を上げてしまった。だが彼女はまるで気にした風もなく、首を縦に振る。
「ああ、構わない。それは元々この森を通りかかった騎士風の男が、私に出会うなり『命
ばかりはお助けー』とかなんとか叫びながら置いていったものだからな」
「へぇ……」
「ちょっと、かっこわるいね〜」
 その人には悪いが、僕もミナお姉ちゃんと同意見だった。世の中で言われてるような凶
暴で邪悪な魔物なんて、実際はいやしないのだ。話もせずに化け物扱いでは、狼さんもか
わいそうだ。
「うむ。あまりにも情けないので、襲う気も失せた。で、手に入れたはいいが、私には何
の役にも立たないので持て余していたんだ。今は宝石なんぞより、娘のためのミルクの方
がずっと必要だからな」
 こともなげに言い放つ狼娘に僕はやや呆れながら、手の中のアミュレットを見つめる。
ホルスタウロスのミルクは栄養価も高く、人間魔物問わず高値で取引されるほどの品だと
いっても、はっきり言ってこのアクセサリとミルク一缶ではとてもじゃないが価値がつり
あわないだろう。
 正直な所、知り合いとの取引で詐欺同然の行為をしてまで儲けたいと思うほど、僕は欲
の皮が突っ張ってはいない。が、ワーウルフさんの方も結構義理堅く、プライドの高い性
格をしている以上、ただでミルクを貰うということには納得しまい。交渉をしたところで
お互い遠慮のしあいになりそうだった。
「ええと、じゃあ、これからもミルクが必要なら言ってよ。このアミュレットはその分も
先払いしたってことで」
「そうか? それならばこちらも助かる」
 とりあえずそういうことでお互いの落としどころを見つけ、僕は護符を、彼女はミルク
を得る。このアミュレットの値段分のミルクとなると、ワーウルフさんの娘が育つ間ずっ
とミルクを届けてもおつりが来るかもしれない。まあ、それ以外にもあれこれお礼をして
あげなくちゃなあ、と僕は心の中で決心を固めた。
「ところで、少年たちはまだ子供は作らないのか?」
「……ッ!? な、ななな、いきなりなにを!?」
 考え事の最中、余りにも突然かけられた突拍子も無い言葉に思わず僕は噴出す。パニッ
ク状態で意味の無い言葉を発する僕の一方、隣ではミナお姉ちゃんが残念そうな表情を浮
かべていた。
「そ〜なの〜。私もゆーくんと頑張ってるのに〜……なかなか赤ちゃんができなくて〜」
「む、そうだったか。すまない」
「ううん〜。気にしないでいいよ〜」
「私たち魔物と人の間の子は、人同士よりも出来にくいという噂もあるしな。焦らず、気
長に授かるのを待つのがいいのだろう」
「そうね〜。うん〜、がんばる〜」
「ああ。私も娘が出来るまでは夫と頑張ったものだ。後はやはり長さと回数だろうな。私
も夫に頼んで、一日中ずっと交わってみたり、毎日朝昼晩としてみたことがあるが……」
「いいな〜。素敵な旦那さんじゃないの〜」
「ふふ。そうだろうとも。ただ最近は父親が娘にべったりでな。なかなかいい機会がえら
れん。幼い子ども相手の世話だし仕方ないんだが……実の娘とはいえ、正直妬けるところ
だ」
「うふふ〜……仲良しでいいことじゃない〜」
「まあ、な。幸せかと問われれば、間違いなく幸せだよ。ふむ、話していたらもう何人か
子どもが欲しくなってきてしまったな。どれ、戻ったらまた夫に抱いてもらおうか……」
「がんばってね〜。わたしも〜、今夜はいっぱいしてもらうんだよ〜。えへへ、楽しみ〜」
「ほう。愛されているじゃないか」
 パニック状態の僕をよそに、牛娘と狼娘の井戸端会議が進む。人通りの少ない森の中の
道とはいえ、白昼に道端でするような会話に出てきてはまずい類の単語がいくつか耳に届
いた。このまま放っておいたら、どんどんひどくなるに違いない。
 いろんな意味で人外の会話を中断させるべく、なんとか少しばかりの冷静さを取り戻し
た僕はミナお姉ちゃんの肩を掴み、声を張り上げる。
「お、お、お姉ちゃん! ほら、もうそろそろ出発しないと!! 品物を売って帰ってく
るのが夜になっちゃう! いくら保存の魔法がかけられた容器といっても限度があるし、
夜道はあぶないから! ね!?」
「そうだね〜……わかった〜。それじゃ狼さん、またね〜」
「ああ、また。すまなかったな、時間をとらせて」
「いいよ。それじゃ、またミルクが必要になったら言ってね。持ってくるからさ」
 そう言って僕たちはワーウルフ娘に別れを告げ、ふたたび町へと車を進める。僕達の姿
を見つめるワーウルフに振り返った僕らだったが、ミナお姉ちゃんがちょっとだけ、羨ま
しそうな表情を浮かべているのを僕はそっと横目で盗み見た。
「? どうしたの〜、ゆーくん〜?」
「ん、なんでもない」
 見つめる僕に気付いた彼女を誤魔化し、僕らは再び視線を前方の道路に戻す。けれども
僕が思い浮かべていたのは、先ほどの会話の中、狼さんのことを羨ましそうに見ていたミ
ナお姉ちゃんの表情だった、
(やっぱり子供、欲しいんだな)
 僕は荷車を引く彼女の背を見つめながら、何とかしなくちゃと思うのだった。

――――――――――――――

 その後、何事も無く町に着いた僕らは取引先の宿屋や酒場、道具屋をまわった。いつも
のように野菜や果物、ミルク、はたまたちょっとした工芸品など持ってきた品物を売って
代金を貰い、代わりに必要な食材や雑貨を仕入れる。
 持ってきた品物の中で一番の好評は、やはりというかミナお姉ちゃんのお乳だった。ホ
ルスタウロス種のミルクはどこでも需要が高いのだが、その中でも質のいいお姉ちゃんの
お乳は大きな宿屋や料亭からも大変重宝されるのだ。それは彼女が認められたことの証で
あり、なんだか僕まで鼻が高かった。
 もっとも口々に褒められたミナお姉ちゃんは嬉しいやら恥ずかしいやらでどの店でも困
ったようにもじもじしていたし。ある料亭で「ミナちゃんのミルクは常連からも評判がい
いんだよ。やっぱりアレだね、二人の愛があるからだね」とかなんとか言われた時には僕
も真っ赤になって、二人して沈黙してしまったが。
 それはさておき。
 特に今回のミルクは質がよかったらしく、なじみの店以外でも想像していたより随分と
高い額で買ってもらうことが出来た。さらに今回はミルクだけでなく、来る途中でワーウ
ルフさんから手に入れた護符が僕の予想以上の値で売れたこともあって、最終的には財布
がパンパンになるくらいだった。
 おかげで農作業の道具も随分といろいろ買うことが出来たし、明日からの仕事は随分楽
になるはずだ。お金はまだまだ余っているし、しばらくは困ることは無いだろう。今回の
町へのお出かけは、期待以上の収穫といえる結果で終わった。

 で、今は町から家に戻り、僕とお姉ちゃんは一緒に夕飯とお風呂を済ませて寝室、ベッ
ドの上。
 夜の闇に黒く染まった窓にはしっかりとカーテンが閉められ、ランプの明かりが僕とも
う一人、ショートカットから角の覗くホルスタウロスの特徴的な影を部屋の壁に映してい
る。
「おつかれさま〜、ゆーくん〜」
「おつかれさま、お姉ちゃん」
 ベッドの上で向かい合った僕らは、お互いをねぎらい言葉を掛け合う。それが、夜の営
みで最初にするいつものことと決まっていた。
 どちらからともなく近づき、そっと唇を触れ合わせる。互いの背に回された手で、体を
しっかりと抱きしめあい、動きを止めた僕達はしばらくそのまま体温と鼓動を感じあって
いた。 
 やがてミナお姉ちゃんが、僕の耳元で囁く。
「それじゃあ〜そろそろ〜、おねえちゃんが〜……おっぱいでしてあげるね〜」
 ミナお姉ちゃんが寝巻きの前を開け、大きな胸をこぼれさせる。僕の目の前にさらけ出
された雪原のように白い肌は、興奮からかほんのりと染まっていた。
「んっ……」
 胸板に自分の胸を押し付けながら、お姉ちゃんは僕をそっと押し倒す。既に興奮からペ
ニスは硬くなっていたが、柔らかな肉が作り出す谷間に挟まれた瞬間、ペニスは痛いくら
いに膨張した。
「うっ……うぅ……」
お姉ちゃんの暖かさとすべすべの肌が自分のモノに擦れる感覚に、僕は反射的に息を漏ら
す。大きく温かな胸は僕に安らぎを与え、ただ触れているだけでも、快感を感じるかのよ
うだった。
 僕の表情を見、嬉しそうに目を細めるお姉ちゃん。振られた尻尾がシーツに当たり、ぱ
たぱたと音を立てる。
「うふふ〜……気持ちよさそうなかお〜。じゃあ、ゆっくり動かすね〜」
 自らの胸の両側に手を添え、お姉ちゃんは乳房に挟み込んだペニスを擦る。優しい胸の
動きに、僕の口からは嬌声が漏れた。
「あ、ふぁ……いい、あぁ……きもち、いいよ……おねえ、ちゃん……」
 胸がゴム鞠のように形を変えるたびに、ペニスは擦りたてられ、肉に締め付けられる。
だがそれは心地よい感触で、刺激による快感と共に不思議な安堵感が心に広がっていく。
「ん、ふぅ……ゆーくん、おねえちゃんの〜……あっ、おっぱい、ん……大好き、だもの
ね〜……あふ、おねえちゃんも……ゆーくんにしてあげられるの……ぁん……嬉しいよ〜」
 胸を揉み動かすお姉ちゃん自身も感じているのか、開いた口から発せられる言葉のあち
こちに甘い喘ぎが混ざる。興奮から荒い呼吸が繰り返されるたび、肉棒へと息がかかるこ
とさえも、敏感になった僕には快感へと変換されていった。
「おねえちゃん……うぁ……もっと……」
 僕はお姉ちゃんがもたらす快楽の虜となり、うわごとのようにもっともっとと呟く。
「うん〜……んん……ぁ……いいよ、もっと、もっとしてあげる……」
 それに悦びを湛えた表情のホルスタウロスが応え、擦り付ける胸の動きは激しさを増し
ていった。
 お互いに快楽を貪りあう僕らは、どこか淫らな笑みを浮かべていた。いつしか漏れ出た
彼女のミルクが僕たちを汚し、甘い香りが汗とむせ返るような淫臭に混じりあう。絶え間
なく送り込まれる快感に、思考は完全に停止していた。
 永遠とも思える時間、部屋にはベッドの軋む音と二人の嬌声のみが響く。
「う、くぅ……、うぁ、もう……」
 与え続けられた快感が、やがて限界まで近づく。快感の中声を上げた僕に、同じく達す
る寸前の表情だったお姉ちゃんが囁く。
「ゆーくん……ん、ふぁ……いき、そう〜?」
 既に僕には声を出す余裕も残っていなかった。胸を動かし続ける彼女に、頷くことでな
んとか応える。
「いいよ、んんっ! いっぱい〜、しろいの、出してぇ……! んく、ふぁ……おねえち
ゃんを〜、ふぁ……ぁ、ゆーくんので、よごしてぇ……!」
 叫び、彼女は僕の
「ううぅ、っ、うぁあぁああああ!!」
 その瞬間、限界を迎えた僕が上げた悲鳴のような叫びと共に、ペニスから精液が勢いよ
く発射される。どろりとした白濁がお姉ちゃんの顔や髪にまでかかり、白く染めていく。
大きな胸からはその曲線に沿って、液が垂れた。
「はぁ……、はぁ……」
「ふぅ……あぁ……いっぱいでたね〜……うふふ……」
 全てを出し切った僕は、脱力してベッドに沈み込む。視界には僕から身を離さないまま、
頬や胸に付着した精液を指ですくうと、舐め、嬉しそうに微笑むお姉ちゃんが移っていた。
 まだぼんやりとした頭でミナお姉ちゃんを見つめ、僕は息を整える。こちらの視線に気
付いた彼女と目が合うと、僕は昼から考えていたことを口に出した。
「……お姉ちゃん」
「な〜に〜?」
「やっぱり……子供、ほしい?」
 ミナお姉ちゃんは突然の問いかけに一瞬きょとんとしたが、僕の言葉を理解するとひと
さし指を口元に当て、うーんと唸った。それから少し間をおいて、ゆっくりと口を開く。
「……ん〜。そうだね〜……正直に言えば、ゆーくんとの子供は〜ほしい、かな〜」
 そういってどことなく遠くを見つめる、夢見るような目をしたのは一瞬。すぐにえへへ
と笑い、続ける。
「でもそれは〜すぐじゃなくてもいいよ〜。今は〜ゆーくんは〜一人前になるために大変
だしね〜」
 僕を包み、守るような響きを持ったその言葉に、僕はミナおねえちゃんはやっぱり僕よ
り「お姉ちゃん」なんだなと実感した。目の前の女の子は、いつもぽややんとしていて、
くぅくぅ寝てばっかりいるように見えても、心の中では僕のことを常に、他のなによりも
気にかけてくれているのだ。
 そして、そんな姉の望みをすぐに叶えて上げられない自分が、情けなくなる。うつむき、
小さく呟く。
「ごめんね、おねえちゃん」
 お姉ちゃんはそんな僕に答えず、ただ首を振った。そこには僕を責めるような気配はな
い。
「でも……」
 言いかけた僕の口をキスで塞ぐお姉ちゃん。彼女の手に暖かく包まれた僕の手が、その
まま大きな胸に導かれる。そして、彼女は言葉を続けた。
「いいの〜……この家に来るとき、ゆーくんと一緒じゃなきゃやだって泣いたお姉ちゃん
に〜、『僕もおねえちゃんと一緒がいい』ってあなたが言ってくれた時から〜、ううん、
私が貰われて、初めてゆーくんのおうちに来たとき〜、怖くて寂しくて泣いていた子ども
の私に〜、赤ちゃんだったゆーくんが笑ってくれた時から〜。私は〜……ゆーくんだけの
ものだから〜……ずっとずっとゆーくんのことが大好きだから……」
 その言葉と共に、肌の暖かさと鼓動が手に伝わる。とくん、とくんとリズムを打つ心臓
の音が、いつも感じていた彼女の体温が、お姉ちゃんの心を何よりもはっきりと教えてく
れるようだった。
 僕は顔を上げ、大切な人をまっすぐに見つめると、誓うように強く宣言する。
「うん、僕も……物心ついたときからずっと側にいてくれたおねえちゃんが大好きだよ。
だから、早く一人前になって、ちゃんと結婚式も挙げて、たくさん子供をつくって、この
牧場を立派にしてみせるからね」
「ゆーくん……うん〜。楽しみにしてるね〜」
 僕の決心に、お姉ちゃんはわずかに驚いた表情を作ったが、すぐに嬉しそうに顔をほこ
ろばせた。目に涙も浮かんでいるのを見、僕は自らの言葉の重さを今更ながら実感する。
 だが、その誓いを覆すつもりは無かった。愛する人を幸せに出来ないで、何が一人前か。
そう思い、こっそりと拳を握る。
 だが、それはさておき。
「じゃあ、お姉ちゃん……その、折角だし……続き、しよっか」
 正直な所、かっこいいこと言ったあとにすぐこれでは少しみっともないとは思ったが、
胸でしてもらっただけで、今夜を終わりには出来なかった。元々昼間の搾乳では最後まで
行かなかったので、魔物のお姉ちゃんばかりでなく、僕だって不満が溜まっていたのであ
る。
 大体、若い男が目の前に好きな女の子がいるという状況でこの続きをしないなど、とて
もじゃないけれど考えられなかった。
「そう、だね〜……うん、しよ〜」
 幸いその気持ちはお姉ちゃんも同じだったようで、恥ずかしそうにしながらも期待に満
ちた顔で頷いてくれた。
 お姉ちゃんが体を起こし、こちらにお尻を向けてベッドに四つんばいになる。胸に負け
ず劣らず魅力的なお尻がふりふりとゆれ、僕の獣欲を刺激した。ちらりと振り返る顔はす
っかり淫らな魔物の物になっており、愛液を垂らす割れ目に剛直が突き立てられる瞬間を、
いまかいまかと待っていた。
 もう我慢できない状態だったのは僕も同じだった。真っ赤な顔のまま頷くと、揺れる尻
尾とふさふさの毛に包まれた彼女の下半身をそっと抱き、そのまま秘所に一物を挿入して
いく。
 二人の口から快楽の喘ぎが漏れ、やがてどちらからともなく動き出す。理性を失った二
匹の獣――いや、魔物、だろうか――となった僕達の口から発する声は、快感と共に大き
くなっていった。

 ……天には星が瞬き、闇は深淵の如く。終わりない喘ぎが木霊す夜は、まだまだ長そう
だった。

――『農夫と雌牛の牧場物語』 Fin ――


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