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『王国歴xxx年x月x日』の日記より

 体温が移った暖かな布団に包まれながら、心地よくまどろむ。
 そんなささやかな幸せの一時を味わう俺の身体を、誰かが揺さぶった。
「これ、起きろ、起きるのじゃ」
「ううん……」
 少女のものらしい、ソプラノの響きが耳に届く。声は小鳥のさえずりにも似た、聞くもの
に心地よさを感じさせるものだったが、至福の一時を邪魔された俺は寝返りをうち顔を背け
た。
「あと五分……」
「ええい、起きるのじゃこの寝ぼすけ!」
 枕に顔を押し付けながら呟くと、すぐさま勢いのいい声が返ってくる。甲高い叫び声が頭
に響くものの、この程度で起きられるくらいなら、寝起きをめぐる朝の攻防戦というものは
存在しない。それを少女に分からせるため、俺は極めて簡潔な言葉を返す。
「やだ」
「うぬぬ……! ならばこうじゃ!」
 一向に起きようとしない俺に業を煮やしたのか、声の主は実力行使に出た。俺の掛け布団
に手をかけると、無理やり引き剥がそうとする。身体と布団の間に出来た隙間に冷たい空気
が入り込み、身震いさせる。
「勇者ともあろう者がいつまで寝ておるのじゃ!」
「勇者は一年前に廃業しました。今の俺は惰眠を貪るただの一般人そのいちです」
 俺は瞼を下ろしたまま言葉を返し、わめく少女に布団を奪われまいと握り締める。
 しかし、結局はそれも無駄なことだった。
 俺の抵抗も空しく、少女の尋常ではない力によって無情にも掛け布団は取り払われる。朝
の冷たい空気が肌を刺し、俺は胎児のように縮こまった。
「ほれ! 丸まってないでさっさと起きるのじゃ!」
 少女の手が俺の肩を直接つかみ、揺さぶる。手加減も遠慮も全くなしにがくんがくんと身
体を揺さぶられ、俺は安息の時間が終わったことに内心で溜息をつきながら、目を開いた。
「う、うぅ……」
「おはよう。ようやくか、このぐーたらめが」
 瞼を上げた俺に、満足げな顔を浮かべる少女が目に入る。健康的な肌の色をした体に纏う
若草色のワンピースに、明るい茶色の髪。わずかにツリ目がちな濃青色の瞳が、こちらを見
つめている。
 彼女はディアーナ。俺、コール=グレンの同居人の一人だ。
「なんじゃ? まだ寝ぼけておるのか?」
 俺の顔を覗き込む少女の身体は、一見すると十をいくつか過ぎた程度にしか見えない。
 が、目の前の少女が見た目どおりの歳ではないことを、俺は知っていた。いや、そもそも
彼女、ディアーナは「人間ですらない」のだ。
 それを何よりも雄弁に物語るのが、彼女の頭から突き出た二本の大きな角。節くれだち、
曲がった長い一対の褐色の角はヤギのそれを連想させる。頭髪をかき分けて姿を現す耳も、
ふさふさの獣毛に覆われた、人とは違うものだ。腕組みをする手や(ベッドの死角になって
見えないが)足も耳と同じようなふかふかの毛に包まれている。
 ワンピースのスカートをめくり上げれば、短く可愛らしい尻尾を見ることもできるだろう。
 そう。目の前に立つ少女の正体はこの世界に住む人とは異なる存在――「魔物」。彼女は
その中でも強大な力を持つ魔獣の一つ、「バフォメット」と呼ばれる種族なのである。
 が……
「なんじゃ、いきなりこちらをじっと見つめたりなぞしおって……。は、恥ずかしいではな
いか」
 その名を聞けば歴戦の冒険者すら震え上がるだろう魔獣にもかかわらず、俺の凝視にディ
アーナは頬を染め、顔を逸らす。そんな姿はどこからどう見ても、一般的な年頃の娘にしか
見えなかった。半人半獣をした異形の姿をのぞけば、だが。
「いや、なんでもねー。お前のかわいい顔に見惚れてただけだ」
「なっ!? ななな……」
 至福の睡眠時間を邪魔されたお返しにそう言ってやると、バフォメットの少女は瞬きする
間もないほど一瞬で顔を真っ赤にする。完全にパニックになっているのか、言葉も出ないら
しい。俺なんかと比べ物にならないくらいの年上の癖に、こいつはこういう不意打ちに弱い
のだ。
「こ、こここコール! かかか、からかうのも大概にせい!」
 面白いほどにうろたえている少女の姿に小さく笑いを漏らし、俺は身体を起こす。
 既にカーテンが開かれた窓からは朝日が差し込み、耳には鳥のさえずりが届く。起きてさ
えみればすがすがしい朝だ。
 何とはなしに、枕もとの時計に目をやる。腕のいいゴーレム技師が作った時を刻む道具は、
今日も一秒のずれもなく現在の時刻を示している。
「…………いつもよりも起こす時間早くねえ?」
 俺はたっぷり十秒ほどそれを見つめ、率直な意見を漏らす。文字盤の上に記された数字を
指す針は、普段よりも二つほど少ない数字を指し示している。つまり俺にはまだまだ惰眠を
貪る権利があったはずなのだ。
「そ、そうじゃ! こんなことをしておる場合ではない!」
 俺の言葉にようやく我に返ったバフォメットの少女は、慌ててタンスを漁りだす。行動の
意図が分からずぼんやりと見つめる俺へと、ディアーナは鞘に入ったままの剣を放り投げた。
「っと」
 反射的に受け取り、刃を引き出す。長いこと使っていなかった愛剣だったが、神だか精霊
だかの加護を受けていたのは伊達ではないらしく、美しい銀色の輝きを見せる刀身には錆も
刃こぼれもなかった。
「……いきなりなんだよ?」
 剣を鞘にしまいなおし、俺は尋ねる。俺のその声にディアーナはこちらへと向き直ると、
目に焦燥と敵愾心を宿らせて言う。
「敵じゃ! 敵が来るのじゃ!」
「敵ぃ〜?」
 胡散臭げに眉をしかめる俺に、ディアーナはぶんぶんと首を振る。
「そうじゃ、敵じゃ! 今はアルミエに足止めさせておるが、ここまで来るのも時間の問題
じゃ! コール、お主も急いで戦いの支度をせい!」
「慌てすぎだろ、ディアーナ」
「いいから! 早く! 早くするのじゃ!」
 錯乱状態といってもいいようなディアーナ。だがその姿を目にしても、起きぬけの俺には
どうも危機感というものが持てなかった。大体、敵と言われたところで俺はその姿を見てい
ないのだから、仕方のないところである。
「ふ〜む」
 パニくるバフォメットをよそに、俺は腕組みをして考え込む。一応、俺にも自身の命を狙
うような輩の心当たりがないでもない。
 そもそも、「魔物と仲良くしている」という時点で、世間や教会からは異端扱いなのがこ
の世界なのだ。その魔物と一緒に暮らし、魔物が家族だとか、あまつさえ嫁だなどと来れば
教会やらなにやらの過激派さんは弁解もさせず異端審問すら飛ばして即処刑、とか言うだろ
う。挙句の果てに俺はこれでも一応元は勇者なのだから、そんな肩書きを与えた者たちから
すれば、これはもう可及的速やか且つ闇の中で始末しておきたいに違いない。
 「勇者」なんぞという面倒くさいものを押し付けておいて、期待に添わなかったらこれと
はひどい仕打ちである。
 とはいえ、偽装工作のおかげで世間的には俺は一年前に死んだことになっているはずだし、
事実今まで誰もこの家を見つけることはできなかったのだから、今更追っ手がかかることは
考えにくい。
 と、なると彼女が言う敵しては目当ては俺ではなく、ディアーナだろう。バフォメットと
いう高位の魔物は、危険度からして反魔物派からすれば叩いておきたい存在だろうことを考
えれば可能性は十分以上にあるといえた。
「あの石頭の教会騎士団のやつらか? それとも魔物の噂を聞いて経験値と名前を揚げよう
とか考えた物好きな自称勇者の冒険者か?」
 率直に言って、バフォメットであるこいつをどうにかできるような相手というのは限られ
る。もし本当にヤバイ敵がそこまで来ているというなら、俺も本気でことに当たらなければ
なるまいが、そんなことにはならないだろう。
「いや……そやつらではないのじゃが……」
「? なんだよ、はっきりしねーな」
 珍しく歯切れの悪い彼女の返事にわずかな違和感を感じるものの、寝起きで上手く働かな
い頭ではその意味を深く考えることは出来なかった。
「まあ、どっちにしろお前の魔法で隕石の一個二個でも降らせてやればそれでケリが付くだ
ろ?」
 寝ぼけに無理やり起こされた苛立ちも相まって、我ながらとんでもなくバイオレンスな考
えを口走る。言ってから思ったが、確かに王都のお偉いさんからすればこんな元勇者は野放
しにしておきたくないだろう。討伐対象にされても文句は言えないかもしれない。
「むぐ……わしとしてもそうしたのはやまやまなのじゃが……かといって実際に本気でそう
するわけにも……」
「あーもう! なんだよなんなんだよ! 昨日も夜遅かったら疲れてんだよ! なかなか寝
せてくれないお前のせいで眠ーんだよ、俺は!」
 はっきりしないディアーナのせいで生まれた胸のもやもやに、俺はつい声を荒げてしまう。
だがそれは混乱状態の彼女には逆効果だったようで、一段とパニックに陥った顔で叫び返し
てきた。
「なんじゃその言い草はー! 嫁が困っておるのじゃぞ! もっと真面目に助けようとせん
かこの甲斐性無しがー!」
「いきなり何言いだしやがる! だから助けて欲しいなら事情をちゃんと説明しろっつって
んだろがー!!」
 子どものような口げんかをしながら、俺とディアーナは真正面から組み合う。成人男性と
年端もいかない少女の体格差などものともしないバフォメットのパワーに、男としての意地
をかけて俺は立ち向かった。
 押し合いの力は拮抗し、俺たちの間で見えない火花が散る。それどころか、二人の身体か
ら立ち上る魔力は風となり、渦を巻いてカーテンやらシーツをはためかせた。
「むぐぐ……!」
「ぬぎぎ……!」
 傍から見れば全くもって馬鹿馬鹿しく、無意味で不毛な時間が流れる。
 それを破ったのは、突如室内に響いた女の笑い声だった。
「おーっほっほっほ! ようやく見つけましたわよ!」
「なっ!? なんだ!?」
 まるで高慢さというものをそのまま音にしたような高笑いに、俺は反射的にそちらを振り
向く。俺と組み合ったままのディアーナも同じ方向へと視線を向け、相手の姿を視認するや
いなや叫び声を上げた。
「ぎゃー! き、きおったのじゃー!」
 俺たちの視線の先、部屋の入り口にいたのは一人の女性だった。胸に巻いた布と、腰から
下がる前垂れのような布以外にはいくつかの装飾品程度しか身につけていない、やたらと露
出度の激しい扇情的な衣装。艶やかな布地と、煌く細緻な装飾は貴族あたりが好みそうな印
象だ。
 しかしそれも豊満な胸とくびれたウエスト、彫刻のような美しさがありながら蟲惑的な魅
力を放つ身体のラインを持つ女性にとってはベストな選択だと思えた。
「こんな所にいましたのね、ディアーナ。そこの魔女がなかなか教えてくれないから、無駄
に探し回ってしまいましたわ」
 すっと通った鼻筋に、不敵に歪む口元。妖艶さとプライドの高さで描いたかのようなツリ
目は琥珀色に輝き、その視線は俺たちに向けられている。ただ美しいだけではない。男を惑
わす魔性の存在、そんな言葉がぴったり合う。
 が、それよりも俺の目を引いたのは女性の下半身であった。奇妙な紋様の描かれた腰布が
巻かれているといっても、彼女の腰から下が持つ特徴は隠しきれていなかったのだ。いや、
そもそも当人には端から隠すつもりはなかったんだろうが。
 彼女の腰から下、本来ならすらりとした脚線美を披露すべき部分は、鮮やかな緑色の鱗で
覆われた蛇のものになっていたのである。俺の視線の先で、蛇体がくねくねと動く。
「はぁ〜、なるほどね〜。確かにあれはいろんな意味でやばい相手か」
 エキドナ。美貌の女性の上半身に、蛇の下半身を持つ高位の魔物。極めて高い魔力と力を
持ち、その力はバフォメットに勝るとも劣らない。「魔物の母」の異名で人々から恐れられ
ていることからも、それは窺える。
「うぅ〜、ディアーナ様、すみませぇん〜」
 そんなことを考えているうちに、メイド服を着た幼い女の子が入り口から姿を現した。彼
女がこの家に住むもう一人の同居人、魔女アルミエだ。ディアーナと大差ない年恰好ではあ
るが、その正体は様々な魔術を操る魔人である。まあ、根がドジで弱虫なので、仮に正体が
ばれたとしても人々に恐怖されるどころかマスコット扱いされるのがオチだろうが。
 何をさせていたのかは知らんが、どうやら先ほどディアーナが言っていた足止めは失敗し
たらしい。主に怒られるのを恐れているのか、既に顔は半べそ状態だ。
 その顔を見たディアーナは唇を噛み、呻く。
「くっ、やはりアルミエではダメじゃったか」
「そんな〜、これでも一生懸命頑張ったのに〜。あんまりですぅ〜」
「ちょっと。折角この私が訪ねてきたというのに、出迎えの挨拶も無しかしら?」
 自分から注目が逸れたことに、エキドナが不機嫌そうに口を挟む。
「うっさいのじゃ! 大体誰も呼んでなんかいないのじゃ!」
「ふん! すぐに大声を出したりして、やっぱりお子ちゃまですわねディアーナ」
「な、なんじゃとぉ〜!?」
「でぃ、ディアーナ様、お、おち、落ち着いてください〜」
 間髪いれずに返したディアーナの言葉を皮切りに、言い争いを始める二人。ぎゃあぎゃあ
とわめくバフォメットとおろおろしっぱなしの魔女をよそに、俺はめったに見ることの無い
高位の魔物、エキドナの姿に再び注視した。
 その視線に気付いたらしいエキドナの女性は、こちらに視線を向けると妖艶な笑みを浮か
べる。
「あら、私の美貌に見惚れてしまったのかしら? 困りましたわね、私、子作りの相手の審
査には厳しいですわよ? 」
「ああ、いや……」
 えらく自意識過剰なエキドナになんと返したものかと迷っていると、すかさずディアーナ
が口を挟んできた。
「アホぬかせーなのじゃ! 筋金入りの幼女愛好者であるコールがわし以外の女に見惚れる
訳がないのじゃ! 大方、『なんか胸がふくらんだ珍妙生物がいるなー』とか思ってたに違
いないのじゃ!」
 エキドナとの間に身体を滑り込ませ、俺を押し隠すと(小柄なディアーナの身体では全然
隠せていないが)同時に所有権を誇示するかのように、ディアーナは抱きつく。自分の夫を
けなしてるとしか思えないその反論も正直どうなんだよと思うが、もう面倒くさいので好き
にさせることにした。
 と、考えていたのだが。
「あらあら、ひがみですの? 胸が小さいと余裕を入れる場所もなくなってしまうから、嫌
ですわね」
 見せ付けるように胸を強調して腕を組むエキドナの言葉に、ディアーナの眉が引きつる。
「その言葉……宣戦布告と受け取ってよいのじゃな!?」
「あら? やる気ですの?」
 彼女の体から魔力が立ち上るのを感じとったエキドナもまた、笑みを浮かべた表情はその
ままに手のひらに光球を浮かび上がらせた。
「丁度いいですわ。どちらの実力が上か、今日こそ決着をつけようではありませんの」
「望むところじゃ! 泣きべそかかせてやるのじゃ!」
 凶暴な笑みを浮かべた二人が発する魔力が、各々の体から漏れ出し空間に稲妻を走らせる。
「げっ!」
「は、はわわ……」
 対峙する二人に思わず俺とアルミエは凍りついた。こんな所でドンパチ始められたら、あ
っという間に家はオシャカである。正直ボロい屋敷とはいえ、いくらなんでもそれは御免こ
うむりたい。
「爆炎を喰らうがいいのじゃ! 蛇!」
「塵も残さず消え去りなさい! 悪魔!」
 既に二人の身体にみなぎる魔力は爆発寸前であった。今にも放たれようとする魔術に、元
勇者としての俺の身体は最大級の警告音を脳内に鳴らす。つまり巻き込まれれば、命すら危
ないということだ。
「まずい! アルミエ! あいつらを止めるぞ! 手伝え!」
「は、はいぃ〜っ!」
 叫ぶと同時に、俺とアルミエは魔力が風巻く二人の間へと飛び込んでいく。
 それから十数分後。ここしばらく無縁であった決死の覚悟と火事場の馬鹿力のおかげか、
なんとか俺たちは二人の魔物のいがみ合いを仲裁することが出来たのであった。

―――――――――――――

 寝室でのどたばたからしばらくして、現在場所は来客用の応接室。
 寝巻きから着替えた俺と、ディアーナはテーブルを挟んでエキドナの女性と向かい合って
いた。テーブルの上には紅茶の注がれたカップが置かれ、湯気を立てている。傍らにはトレ
イを持ったままのアルミエ。おろおろと視線を彷徨わせているのは、単に見慣れない客がい
るからというだけではあるまい。
 俺はカップを取り、一口飲んで口を湿らす。普段ならゆっくりと香りを楽しみたい所だが、
流石に今は目の前の疑問を片付ける方が先だった
「で、結局どういうわけなんだ。説明しろディアーナ」
 じろりと睨んだ俺の視線に、隣に座ったディアーナはしぶしぶながら口を開く。
「あ、ああ……。こやつはルテア。種族は見ての通りのエキドナで、わしとは古くからの腐
れ縁じゃ」
「ルテア=メリジェですわ。以後お見知りおきを」
 ディアーナの言葉を受け、ルテアが改めて名乗る。蛇体のためとはいえソファーに座らず、
寝そべったままの姿は来て早々でこの家に馴染みまくっている。そのくつろぎっぷりを見て
いると、この家の主がどちらか分からなくなるくらいだ。
「ああ、よろしく。こいつから聞いてるかもしれないけど、俺はコール。しがない一剣士だ」
「しかしルテア。出不精のおぬしには珍しく、急に使い魔をよこしてうちに来るとは何用じ
ゃ?」
 ディアーナの問いに、ルテアは何を答えが決まりきったことを、といった顔を作る。
「あら、そんなの決まってるじゃあありませんの。貴女がようやく夫を見つけたと聞いたも
のだから、お祝いにきてあげたんですのよ」
「な〜にがお祝いじゃ。本音はわしに先を越されたんで、焦って見に来ただけじゃろが」
 小声で呟いたディアーナの言葉はしかし、ルテアの耳には入らなかったようだ。
「……ふぅん……へぇ」
 口元に手をあて、何事かをぶつぶつと呟きながらも、ルテアは俺の顔をしげしげと眺めた
ままだ。相手が人間でも魔物でも、他人に凝視されるというのは正直あまり居心地のいいも
のではなかったが、かといって即時止めさせるほどのことでもないと考えた俺は黙っている
ことにした。
 やがて一通りの観察はすんだらしく、彼女は頬杖を付いたまま口を開く。
「……ふふん。女性らしい魅力とは無縁のエターナルお子ちゃま体型の癖に、理想ばっかり
高い貴女の相手だからどんな男かと思いましたけど、いまいちパッとしない感じですわね。
まあ、顔はそこそこですけれど、いまいち個性薄いし。弱くはなさそうですけど強くも見え
ませんし。着てるものもただの布の服ですし。秘めたる力とかあるように見えませんし」
 ルテアは遠慮とか気遣いとかいうものが欠片も入っていない評価を述べる。本人を前にし
てずけずけとそういうことがいえる辺り、やはり魔物の中でも高位の存在なのだろうか。
 一通りの感想を述べ終わったことで彼女は俺への興味をすっかり失ったらしく、琥珀色の
瞳は俺からディアーナへと移った。
「わざわざ見に来るほどのものではなかったかもしれませんわね。バフォメットともあろう
ものが、貰い手がなくなってついに妥協、ですの? それともこの方の感性、貴女みたいな
つるぺたーんな子を好くような、常人には計り知れないものがあるのかしら?」
「……」
 何気にさっきの評価以上にひどいことを言われているような気がする。これは流石に怒る
べきなのか、それとも笑って流すべきなのか。俺の中で次の行動を決めかねているうちに、
隣の火山が爆発した。
「黙れルテアーっ! それ以上はわしと夫への侮辱と受け取るぞ!」
 それまでの言葉も侮辱以外の何物でもないと思うのだが、激昂状態のバフォメットは俺に
口を挟む暇など与えてくれなかった。射殺さんばかりに燃える瞳でエキドナを睨みつけ、当
事者そっちのけで反撃を始める。
「コールはな、確かにぐーたらだし、責任感もないし、時々魔物以上に変態じゃなかろうか
と思うときもあるし、ダメな所もいっぱいあるが! じゃがそんなものなど吹き飛ばすくら
いいいところもいっぱいあるんじゃ! 第一に、この世で一番わしを愛してくれているんじ
ゃからな!」
 だからなんでこの娘はいろんな意味で俺へのダメージが発生するような庇い方をするのだ
ろうか。というか俺、魔物以上の変態とかそういう評価されてたのか。何気にこれで今日一
番傷ついたかもしれない。
 精神耐久力をがりがり削られる俺をよそに、ディアーナは勝ち誇る。
「そういえば、この間も目をつけていた男に逃げられたんじゃったかな? 調子こいてあれ
これ高い理想ばかり追い求めてるうちに、ラミアに横から取られたらしいの?」
「う、何故それを……!?」
「エキドナともあろうものが、情けないものじゃな。すまんのう、わしばかり幸せで」
「くっ……黙って聞いていれば好き勝手……! 私は貴女のように安売りする気がないだけ
ですわ!」
「ふん! 何を言おうと所詮は負け犬の遠吠えじゃ! そもそもわしの夫に難癖つけて優越
感を得ようなど、乳に比べてなんと器の小さい女じゃ。いき遅れるのも当然じゃな!」
 ディアーナが言い放った単語に、ルテアの頬が引きつる。
「い、いき遅れ……!? 禁句を言いましたわね……!」
 エキドナの目が、凶悪な光を灯す。実は気にしていたのか。
「いくらあなたでも、許せませんわ……!」
「それはこっちの台詞じゃ! わしの伴侶を侮辱した罪は重いのじゃ!」
 再び緊迫しだす場の空気。よく見ればいつの間にか応接間からアルミエの姿はなくなって
いる。流石に一日に二度も死の予感を味わいたくはなかったのだろう。賢明な判断である。
 とはいえ、俺もこれ以上余計な体力と精神力は使いたくなかった。何が悲しくて勇者を自
主引退した後、自宅で、しかも身内のせいで危うく死にかけるような目に何度も遭わなくて
はいけないのか。
「やめい! 喧嘩するなら外でやれ!」
 なので拳骨を一発、ディアーナの脳天に落としてやる。流石のバフォメットといえども不
意打ちの一撃を防ぐことは出来ず、綺麗に決まった拳骨は場に立ち込めだしていた開戦の気
配を断ち切ることに成功した。
「な、なにするんじゃコール!」
 頭を押さえ、涙目でこちらを睨むディアーナに俺は腕を組んだまま言う。
「家の中では戦闘禁止! 面倒ごとを起こすんじゃない!」
「も、元はといえばあやつが先にわしのことを! いや、おぬしだって馬鹿にされたのじゃ
ぞ!」
「俺のことはいいの! お前もいちいち気にするんじゃない!」
「でもあの蛇がー!」
 それでも納得いかないのか、ディアーナはルテアを指差し、叫ぶ。そんな俺たちのやり取
りを見ていたルテアは口元に手をあて、笑い声を上げた。
「おほほほほ! 騒いで怒られるなんて、やっぱりお子ちゃまですわね! 学舎でもう一度
最初から礼儀作法をお勉強してきたらいかが?」
「うぬぐ〜! 言わせておけば〜!」
 心底馬鹿にしたようなルテアのおほほ笑いに、ディアーナが再び噛みつく。俺は今にも跳
びかかりそうなバフォメットを素早く羽交い絞めにした。
「ディアーナもいちいち突っかかるんじゃない! いつもの無駄な余裕はどこ行ったんだよ」
 俺の言葉に視線を外したディアーナは、不貞腐れたようにそっぽを向くと小声でぶつぶつ
と呟く。
「……あやつとは昔からそりが合わんのじゃ。これ見よがしにでかい乳しおってからに」
 思いっきり私怨ではないか。
「それだけならまだしも、なんどお子様体型と貧乳を馬鹿にされたことか。なんじゃ! あ
んなの脂肪の塊の造型に過ぎんじゃろが。大体じゃな、つるぺたの愛らしさと希少価値が分
からんやつらがおかしいのじゃ!」
「はいはい。はいはい」
 話しているうちにまたヒートアップし始めたバフォメットを落ち着かせ、俺は溜息をつく。
普段はそれほど気にしていないようなので気付かなかったが、このバフォメット、実の所は
とんでもなくコンプレックスが強かったようだ。
 かつてディアーナから聞いた、幼女崇拝集団サバトを率いているという別のバフォメット
も内心ではこんなことを考えているんだろうか。一応人間側には恐怖を以って知られている
存在なのに、威厳の欠片もない。俺はなんとなく切ない気分になった。
 気を取り直そうと、俺は紅茶のカップを手に取る。アルミエが入れてくれたそれは既に冷
めてしまっていたが、気にせず口元に運ぶ。
 カップに口をつけ、透き通った赤茶色の液体を流し込もうとした瞬間。

 壁が爆発した。

「ええ〜っ!? なにその展開!?」
 俺は絶叫を上げる。先ほど命の危険を顧みずに守った家が、何の前触れもなく破壊される
というのはどういう罰ゲームだろうか。そりゃ、俺は確かに魔物派だけど、それにしても神
は俺のことを苛めすぎではないのだろうか。
 背教者チックな考えを浮かべる俺のことなどまるで眼中にないらしく、壁をぶち壊した犯
人は声高らかに叫ぶ。
「とうとう追い詰めたぞ! 邪悪な魔物め!」
「なっ、何ですの!?」
 流石にこの展開はルテアにも読めなかったようだ。慌てる彼女の声に新鮮なものを感じつ
つ、俺は声のした方に顔を向ける。
 大の大人三人が並んで通れるほどの穴が開いた壁の向こうには、二十四、五歳程度の男が
腰に手を当てて立っていた。白銀を金で縁取りしたブレストプレートとおそろいのガントレ
ットにグリーブ。鎧の上には目が痛くなるような真紅のマントを羽織っている。見るからに
金のかかった装備だが、その分見た目の美しさもあった。
 顔の造型はまあ悪くはなく、金髪碧眼は白銀の鎧と相まって貴族のような印象を生み出し
てはいるのだが、どこか芝居がかった調子がその全てをぶち壊していた。
「おのれ、何者じゃ、貴様!?」
 そんなノリに付き合う律儀なバフォメット、一名。
「魔物如きに名乗る名はない! 今日こそこの勇者ヴァイス=ライントードが貴様らを闇へ
と還してやる!」
「名乗ってる名乗ってる」
 俺の指摘を聞き流し、突如現れた自称勇者は腰の鞘から白銀の剣を抜く。高価そうな、細
かな装飾が施された剣だ。武器というよりは、装飾品といった方がしっくりくる。
「覚悟!」
 自称勇者は叫ぶと、一番近場にいたルテアへと斬りかかる。
「えっ!? 私?」
 三枚目気味なキャラクターとは裏腹に、自称勇者の突進の初速と払われた剣の鋭さはなか
なかのものだった。慌てて回避行動をとったエキドナの鼻先を銀色の煌きが通り過ぎる。
「ちょ、ちょっと!?」
 あまりにも突然の戦闘開始に、完全に後手に回ったルテアは戸惑い気味の声を発する。そ
れは俺たちも同様で、ルテアに加勢するという考えは一瞬頭から消し飛ばされていた。
 俺とディアーナを半ば置いてけぼりにしたまま、戦闘は続く。
「やるなっ! だがこれはどうだ!」
 一撃目が避けられたと見るや、自称勇者は振り抜いた剣を素早く返し、斜め上へと切り上
げる。二撃目もなんとか避けたルテアはさらなる攻撃が来る前に蛇の身体をバネのように使
い、後方に跳び退ると大きく距離をとる。
「女性に対して、ちょっと強引過ぎるんじゃなくて?」
 わずかに苛立った声で言い、相手と距離を開けたエキドナは仕切りなおしとばかりに魔法
の詠唱に入る。いくら剣の腕が立とうと、放たれた魔法を防ぐことは出来ないだろう。特に
エキドナの魔力は魔物の中でも群を抜いている。攻撃魔法の一つでも発動させてしまえば、
ルテアの勝ちは決まったも同然である。
「ぬっ! 魔法か! だが、させるかっ!!」
 だがそのことは自称勇者にも分かっていたらしく、彼は相手に詠唱の時間を与えまいと勇
猛果敢に飛び込んでいく。
「我が奥義を受けろ! グローリー・スラストッ!」
 叫ぶと同時、引き絞った弓から放たれる矢の如き鋭い刺突がルテアに襲い掛かる
「くっ!?」
 回避に専念すべく、ルテアはやむなく詠唱を中断。主導権を握った自称勇者は休むことな
く高速の連突きを繰り出し、じりじりとエキドナを追い詰めていく。
 そんな戦いを横で見ていた俺は、のんびりと感想を漏らす。
「なかなかやるなあ、あの自称勇者さん」
 初撃は不意打ち気味だし、ペースを乱されたルテアが実力を出せていない状況とはいえ、
魔物の中でも強力な力を持つエキドナとあそこまで戦えるような剣士はなかなかいない。
確かに、あの実力なら勇者を名乗ってもおかしくはないだろう。
「うむ、必殺技名を叫びながら戦えるとはな。今日日、あのようなことは羞恥でなかなかで
きるものではない」
 いや、見るべきところはそこではないと思うのだが。
「まあ、確かにあの金髪、そこらの戦士よりは腕は有るようじゃな。しかしルテアは情けな
いのう。たった一人にやられっぱなしではないか」
 そんなことを言っているうちに、ルテアは完全に防戦一方の状況に追い込まれていた。実
力的にはルテアの方が自称勇者よりも数段上のはずだが、たとえ実力で上回っていようと相
手に主導権を握られると、得てして一方的な展開になってしまうのが戦闘というものなので
ある。
「が、流石にこれ以上はまずいか」
 遠目から見ても分かるほどに、エキドナの肌にはかすり傷が増えだしていた。攻撃どころ
か防御魔法を使う暇もないらしく、琥珀色の瞳には焦燥の色が濃くなってきている。
「……」
 ちらりと横のディアーナに視線をやる。先ほどまでいがみあっていた相手といえど、知人
が追い詰められている光景には心中穏やかではいられないらしく彼女の瞳にもまた、焦りが
見えた。が、散々馬鹿にされていたので、素直に助けにも入れないらしい。
「やれやれ」
 不器用な伴侶に苦笑し、俺は壁にかけてあった剣を取ると鞘から抜き払う。二、三度振っ
て柄を手に馴染ませると、壁際に追い詰めたエキドナへとまさにとどめの一撃を打ち込もう
としていた自称勇者に狙いを定めた。
「悪く思うなよ……っ!」
 囁きと同時、俺は手にした剣を全力で振りぬく。久しぶりの感覚。さび付いたとはいえ、
鍛錬の成果はいまだ失われていなかったようだ。神速の薙ぎ払いが生み出した剣閃は風とな
り、鉄槌の如く敵に襲い掛かる。
「っ!? なっ、なにいいいいいい!?」
 完全に予想外の方向からの攻撃になすすべもなく、彼に出来たのは驚愕の叫びを発するこ
とのみ。突風じみた一撃は轟音と共に自称勇者をはるか彼方へと吹き飛ばした。天高く飛ば
された男の悲鳴が尾を引いて遠ざかる。
 その声が聞こえなくなった後には、自称勇者の姿はおろか、何一つ残っていなかった。
 残っていた壁も。テーブルも。椅子も。
「……まずった。あまりにも久しぶりだったから加減の仕方を忘れてた」
「なんだかんだ言って、おぬしが一番家を壊しておるぞ、コール」
「いや、まあ」
 ジト目のディアーナの突っ込みに頭をかきながら、剣を鞘へと収める。
「あ……あなた、本当は、こんなに強かったの……?」
 ようやく戦闘が終わったことを理解したルテアが、ゆっくりとこちらにやってくる。俺は
もう一度頭をかくと、彼女の問いに答えた。
「あ〜……、まあ、今はこんなでも昔は結構鍛えてたからな」
「かつてはわしと互角に切り結んだくらいじゃ、ブランクがあってもこれくらいは出来て当
然じゃよ。なにせコールは勇者じゃったのだからな」
 なぜか自分のことのように誇るバフォメット。
 魔物にとっては色々な意味で縁の深い「勇者」という単語に、ルテアは目を丸くする。
「ゆ、勇者……!? いえ、それよりもどうして、私を?」
「いや、まあ……。いくらなんでも、目の前で知り合いが斬られるのを黙って見てはいられ
なかったんでね」
「え……」
 散々馬鹿にした相手が助けてくれるとは思っていなかったのだろう。心底意外そうな顔を
したエキドナは一瞬言葉に詰まったものの、すぐにぺこりと頭を下げる。
「あ、ありがとう……」
「別に礼を言われるようなほどのことはしてないさ。それにほら、あんたを助けようとして
たのは俺だけじゃないしさ」
 俺が視線で示した先、ディアーナもいつの間にか、その手に愛用の大鎌を握っていた。喧
嘩ばかりの腐れ縁と言っていても、結局最後は助けてしまう辺りあのバフォメットはやさし
い子なのだ。
「む? なんじゃ?」
 俺の視線に気付いたディアーナが首をかしげる。
「なんでもねーよ」
 それに笑いを返した俺につられ、ルテアも笑みを浮かべる。理由も分からず笑われること
に抗議の意を示すバフォメットにさらに俺たちは笑いを大きくするのだった。



 補足事項。その後。

 突然の闖入者の撃退後、応接間はもう完膚なきまでに崩壊してしまったので、自然ルテア
との歓談はお開きということになった。
「さて、見るべきものも見ましたし、私はそろそろお暇しましょうか」
「ああ、悪いな。なんかどたばたで」
「いいえ、これはこれで面白い体験でしたわ。また機会があったら、遊びに来させていただ
きますわね」
「気が向いたらくればいいさ。こっちは大抵暇をもてあましてるようなものだしな。ま、た
いしたもてなしは出来ないけど」
「ええ、ぜひ」
 俺の言葉に笑顔を浮かべたルテアは、隣のディアーナに顔を向ける。
「コールさんだったかしら? 思ったよりいい男みたいですわね。ふふ、楽しみが増えまし
たわ」
 俺に意味ありげな流し目を送るエキドナに、ディアーナが叫ぶ。
「ふざけるんじゃないのじゃ! 二度とくんななのじゃ〜!」
 だがそれもまるで効果はなかったらしく、ニコニコ笑顔のルテアは手の代わりに尻尾を振
ると、別れの挨拶を口にする。
「ではごきげんよう、皆さん」
「アルミエ! 塩じゃ! 塩撒いておくのじゃ!」
 アルミエに台所から取ってこさせた塩を投げつけるように撒くバフォメットと、遠ざかる
エキドナの背を見ながら、この次の来訪も騒がしいことになりそうだと俺は心中溜息をつく
のだった。

―――――――――――――

 その夜。俺は寝室のベッドに横たわり、のんびりとした時間を過ごしていた。夕食はもう
随分前に終わり、後片付けを済ませたアルミエは先に休んでいる。この家の料理番を一手に
引き受ける彼女は、翌朝の食事の準備もあって朝が早いのだ。
 室内はランプの火がぼんやりと照らし、明かりの届かない部屋の隅は闇に沈んでいる。オ
レンジの明かりに時折揺らめく影は、ここがどこか幻想の世界のようにも思わせた。
 傍らにあった本をぱらぱらとめくるが、既に何度も読み返した物語は退屈しのぎにもなら
なかった。俺はサイドボードに本をおくと、長い息を吐き出す。
「ふぁ〜、ようやく一日が終わったか。長かったんだか短かったんだか」
 とにかく、妙な来客のせいでいつも以上に疲れた。ぶっ壊れた応接間のことはなるべく考
えないようにして、俺は天井をぼんやりと眺める。思考はとりとめなく流れていき、それに
ともないゆっくりと睡魔が忍び寄ってくる。
 と、ドアがノックされる乾いた音が耳に届いた。
「ん? どうぞー」
 かすかにかかっていた眠気が去った俺は、寝転がったまま声を出す。ドアが開く音に顔を
向けると、入り口からはディアーナが顔を覗かせていた。
「すまぬ、お邪魔じゃったか?」
「いや、別に。ごろごろしてただけだからな」
「そうか、それはよかったのじゃ。休んでいる所を邪魔しては悪いからの」
「今更そんな気遣いするようなことか? ほら、入って来いよ」
「う、うむ」
 こちらにやってくるディアーナは透けるほどに薄手のネグリジェ一枚を身につけたのみで、
下着もはいてない。自然、獣の毛に包まれた手足や尻尾も目立つ。
「……」
 ベッドの側まで来たにもかかわらず、ディアーナは手を組んだまま、ちらちらとこちらに
視線を送るだけだった。もっとも、言葉がなくともその格好を見れば彼女が何を望んでいる
かは一目瞭然だった。
「今日はまた、えらくストレートに攻めてきたな」
 俺の言葉でディアーナの顔が真っ赤に染まる。
「い、いや、こ、これはじゃな? ルテアのことで迷惑をかけたお詫びというか、かっこい
いとこを見せたおぬしへのわしなりの感謝の気持ちというか」
「……やれやれ。ここまで来てといてそういうことを言い出すのは無粋だろ? ほら、理由
付けはいいから」
 苦笑を漏らし、俺は身体を起こすと小柄なバフォメットを抱き上げる。基本的には強気で
物事の主導権を握るタイプな彼女だが、こういう場面では俺にリードしてもらうのが好みな
のだ。
 抱え上げた体を胡坐をかいた上に降ろすと、ディアーナは顎を俺の肩に置き、身体に頬を
擦り付ける。風呂上りなのか、茶色の髪はしっとりと濡れ、いい香りがした。
 まずは頭から突き出た角をそっと撫で、獣毛に包まれた耳を軽くいじってやる。
「んっ……ふ……」
 くすぐったそうに声を漏らすその唇を塞ぐと、ディアーナは嬉しそうに目を細める。口先
を伸ばした舌で軽くつついてやると、彼女もまた舌を伸ばして俺と触れ合わせた。
「んぁ……ちゅ、……ん、あ……ちゅ、ぅ……」
 お互いの身体を抱きしめたまま、俺たちはキスを求め、唇を合わせ続ける。
 やがてそれだけでは物足りなくなった俺は、彼女の胸にそっと手を這わせた。
「あっ……」
 ディアーナは驚きに顔を離し、頬を羞恥に染める。だが、彼女の口から漏れた声は羞恥以
上に期待と快感の響きを含んでいた。
「胸、触るのダメか……?」
「そ、そんなこと……。おぬしがしたがっているのに、ダメなんて言えるわけなかろう……」
 真っ赤になって目を逸らすものの、なんだかんだで最後は俺の好きなようにさせてくれる
小さなバフォメットが愛おしい。
 可愛らしい小ぶりな胸を、手のひらで覆い隠すように包む。暖かな体温と、規則正しい鼓
動のリズムが手のひらを通じて伝わってきた。
「は、恥ずかしいのじゃ……」
「何をいまさら。それにディアーナの胸、可愛くて好きだぞ、俺」
「うぅ、そんなこと……」
「いいから、ほれ」
「ん……っ」
 ガラス細工を扱うようにその胸をやさしくそっと揉んでやると、ディアーナはわずかに震
える。生み出された快感は彼女の興奮を高め、次第に口から漏れる吐息は荒く、熱くなって
いく。
 つんと立った鮮やかな桃色の乳首を軽く摘まむと、彼女の体は敏感に反応した。
「あ、やぁ……っ、だめ、そこはだめなのじゃ……」
 快感を堪えるようにしっかりと目を瞑った表情と、堪えきれず漏れる嬌声が俺の興奮を高
めていく。股間のものは既に硬く立ち上がっている。
 それはディアーナも同じらしく、上気した肌には珠の汗が浮かび、秘所からは一瞥して分
かるほどに濡れそぼっていた。視線をずらせば、こぼれた愛液がシーツに染みを作っている。
「こ、コール……」
 切なげな声で囁くディアーナに頷く。彼女はベッドに四つんばいになると、尻をこちらに
向けた。肩越しにこちらを振り返る瞳は潤み、獣の毛で覆われた耳がぴくぴくと動く。
「は、はよう……。おぬしのが欲しくて、もう堪え切れぬのじゃ……」
 懇願する彼女の手で押し広げられた秘所は、言葉通り、もはや一秒たりとて待ちきれない
といわんばかりにひくひくと蠢いていた。突き出されたお尻の上では、尻尾が俺を誘うよう
に振られている。
「ああ、いくぞ……」
 蕩けた表情のディアーナに頷き、俺は自らのものを彼女の中へと埋めていく。
「ふぁっ、あ、ああああぁっ!」
 キスや愛撫では味わうことの出来ない、強烈な快感にディアーナが嬌声を上げる。俺もき
つい肉襞をかき分けるように押し進むだけで、脳を焼くような快感が走る。
「うぅ……くっ……」
 歯を食いしばりながら、もっと彼女を感じるべく最奥を目指す。焼けつくように熱いディ
アーナの中は、まるでマグマのようだった。さらに彼女の膣内は、意思を持つかのように俺
のものをきつく締め付けてくる。
「く、ぅ……ディアーナ……っ!」
 彼女の身体の前には理性などあっという間に焼き尽くされ、俺はただひたすらディアーナ
を求めるために腰を動かす。突かれるたびに彼女の体からは珠の汗が跳ね、立派な角を持つ
頭が揺れる。
「んっ、あ、あっ……! お、奥に……コールのが当たって……! い、いい、気持ちいい
のじゃ……!」
 彼女を力強く突き上げると、小ぶりの胸が震えるように揺れる。中をかき回すたびに淫ら
な水音が響き、こぼれた透明な液体が彼女の足を濡らす。
「あっ、ぁ、ん……っ! あぁ、あっ! おく、もっと、奥にぃ……っ!」
 二人の興奮が高まるにつれ、動きは激しさを増していく。
 ディアーナの締め付けはどんどんと強くなり、俺のものは激しく脈動する。
 そろそろ、限界が近い。
「ディアーナ……、も、もう……」
「んあっ、ん、あ……っ! よ、よい……ああっ、すきな、ときに……な、なかに……っ!」
「わ、わかった……っ!」
 ディアーナの言葉に頷き、俺は最後の力を振り絞ってスパートをかける。
 そして最も深く肉棒を打ち込んだ瞬間、彼女の最奥で俺は限界を超えた。強烈な快感と共
に、自分の中から勢いよく精液が迸るのが感じられる。
「んぁ、あ、出てる……っ、あ、ああああぁぁっ……!!」
 熱い奔流を受けたディアーナも同時に達したらしく、背を仰け反らせると一際大きな声を
上げる。
 長い長い余韻を味わい、やがて力の抜けた俺たちはベッドへと倒れこんだ。胸に擦り寄る
バフォメットの角に触れ、柔らかな髪を梳いてやる。彼女はそれに嬉しそうに目を細め、俺
に抱きついたまま身を任せるのであった。
 そうして俺たちは二人、明かりが消えるまで互いの身体のぬくもりを味わい続けるのであ
った。

――『王国歴xxx年x月x日』の日記 Fin ――


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