耳障りな音を立てて、重く分厚い石の扉が開く。長いこと訪れるものもいなかったのだろ
うか。開いた扉の向こうからは、かび臭い、遺跡独特の臭いが漂ってくる。
「おお、もしかして一番乗り? やった、これは宝物も期待できるかも」
 扉を押し開けた人物が、期待に満ちた声を上げる。弾むようなその声はまだ歳若い少女と
いっていい響きを持っていた。彼女が腰につけたランタンに火を灯すと、その印象の通りの
小柄な体が明かりの中に浮かび上がる。年のころはまだ20に届いていないくらいか。しか
し柔らかな体つきは、既にまぎれもない女性のものとなっている。
「さてさて、ここにはどんなお宝が眠ってるのかな〜」
 彼女がその手に持ったランタンをかざすと、赤々と燃える炎が辺りを埋め尽くす闇を隅へ
と追いやった。どうやら扉の先には細長い通路が奥まで伸びているらしい。
 その光景はどこか、奈落への入り口が大きな口をあけているようなイメージを見るものに
与える。不意に浮かんだその光景に、思わず少女は息を呑む。
「とと、これくらいでトレジャーハンターが怖気づいちゃダメダメよね」
 彼女は首を振ってその想像を頭から追いやると、ランタンの明かりが照らし出した空間に
目を向けた。
 暗闇の中に浮かび上がった壁や地面は巨大な石を精緻に組み合わせて作られており、その
表面には古代文字や幾何学的な紋様、奇妙な姿の人物の絵などが記され、この遺跡が造られ
たはるか古の時代そのままの姿を残している。長い時を経た現在においても、その美しさは
微塵も損なわれてはいないようだった。
 それらを一通り眺め、少女は持ち物を確かめる。予備の明かりやナイフ、食料などが十分
にあることを確認すると自らを勇気付けるように声を出した。
「よし、では行きますか」
 彼女は頷くと遺跡の中へ、一歩足を踏み出した。



 闇の中、足音を響かせながら少女はまっすぐな通路を進む。入り口から続く様々な壁画が
ランタンの明かりの中に浮かび上がり、かつて繁栄を誇った王国、そしてこの遺跡を作らせ
たものの力をまざまざと示していた。
 だが、今となってはそれを目にする者は冒険者の彼女以外にはない。訪れるものもいなく
なった遺跡が、王国の栄枯盛衰を物語り、かすかな物悲しさを感じさせる。
「それにしてもながいなあ、この道……。罠らしい罠もなく、一本道なのはいいけど、全然
宝の気配とかもないし。……ん?」
 ぼやきながら通路を進んでいた彼女の足が不意に止まる。辺りを見回すと、ちょうど通路
が終わりホールのような空間に出たところだった。明かりが隅にまで届いていない所を見て
も、かなりの広さがある空間のようだ。奇妙な姿の人物像や複雑な模様が刻まれた円柱が立
ち並んでいる所を見ると、この遺跡の中でもかなり重要な部屋であることが窺える。 
「おお、ゴール? なら、宝箱の一つもあってしかるべきだけど」
 独り言を呟きながら、少女は一歩一歩部屋の中を進む。お宝の気配に気を配りながら歩く
彼女を物言わぬ石像たちがただ見つめていた。
「お?」
 きょろきょろと辺りを見回していた彼女の目が、部屋の中央で止まる。周りの床よりも一
際高くなった壇には階段が伸び、その上には大きな箱が置かれていた。金で縁取りがされ、
宝石がはめ込まれたその姿は紛れもない宝箱だ。その豪華さからいってちんけなアイテムや
小銭ではなく、明らかにこの遺跡のメインであるお宝が納められているに違いない。
「やった、大当たり! これならあの人だって私のことを認めてくれるはず……」
 内心の興奮を抑えきれず、彼女は宝箱へと駆け出そうとする。
「待て、人間よ」
 だが、不意に響いた声が彼女の足を止めさせた。ぎくりとして体を強張らせた少女は思わ
ずランタンをかざし、叫ぶ。
「だ、だれっ!?」
 彼女の声に答えるように、暗闇の中から人影が明かりの中に一歩踏み出す。辺りの闇と同
化するような美しい黒髪に、砂漠地帯の民特有の褐色の肌。美しいプロポーションの体に異
国の衣装を纏ったそれは、ここまでの壁に描かれていた絵の中で何度も見かけた女性の姿だ
った。いや、同性である少女でさえ、実物は絵よりも数段美しいと思えた。
「う、うう……」
 しかし、その姿を見た少女の口から漏れたのは感動ではなく、怯えの響きだった。それも
無理はない。絶世の美女と言ってもいい姿を見ても彼女が感動よりも恐怖を感じたのは、目
の前の女性に人間ではありえないパーツが存在したからである。
 黒髪の上に生える獣の耳。腰からは豊かな毛並みを持つ尻尾が伸び、手足も同じく黒い獣
の毛で覆われ、指先には人などたやすく引き裂けそうな鋭い爪が伸びている。
 そして、無言でこちらを見つめる女性の瞳は、魔性の証である紅に輝いていた。
「人間よ、我が主の宝を奪おうとした報い、その身で受ける覚悟はあろうな?」
 どこまでも冷たく響く声を発しながら、目の前の獣人の魔物――少女の知るところでは、
確かアヌビスとかいう名前だった――は一歩前に踏み出す。その動きにアヌビスが手に持っ
た杖の金具がじゃらりと音を立てた。
「ひ……」
 甘かった。道中に罠の類が殆どなかったために、油断しきっていた。そう、宝物庫には番
人がいて当然だったのだ。そして、同じく当然なことだが、番人は主の宝を奪おうとする盗
賊を決して許さないだろう。
 数瞬後には現実となるであろう光景が脳裏に浮かび、少女は無意識に後ずさった。
 少女の怯えを見て取り、アヌビスは少しだけ口元に笑みを浮かべる。
「人間よ、そう怖がらなくてもいい。何も命まで奪おうというわけではない。むしろ逆。我
が秘術を持って、我らが主に仕える喜びを、お前にも教えてやろうというだけだ」
 そうアヌビスが呟き、彼女の目が妖しく輝いたのを見たのを最後に、少女の意識は闇へと
沈んでいった。

――――――――――――――

 雲ひとつない空、天高く輝く太陽が熱砂を照らす砂漠地帯。その真ん中、大地の奇跡が生
んだオアシスに群がる人々が作り出した町の中を、一人の男が歩く。
 歳は40過ぎ、砂漠を旅するものが等しく纏うようなマントに身を包んではいたが、その
下に存在感を示すがっしりとした体つきは長年の鍛錬の証となっている。短く刈り揃えた頭
髪と、いかめしい顔つきは歴戦の戦士を思わせた。お世辞にも美形とは言えないが、様々な
経験をしてきたのであろうその顔はある種の風格を持っている。
 だが、今その顔は苦虫を噛み潰したような表情のまま固まっていた。
「……ったく! あのバカ娘が!」
 苛立ちを隠そうともせず、男は忌々しげに吐き捨てる。道行くものたちがなんだなんだと
足を止めて彼に振り向くが、鋭い眼光にぎろりと睨まれると皆一様にそそくさと視線を外し
その場から立ち去っていった。
「だからまだ未熟なお前には早い、止めておけと何度も言ったんだ! くそ、いつもいつも
面倒ごとばかり増やしやがって!」
 苛々が限界に達したのか、男は足を止め、地面に転がる小石を力任せに蹴り飛ばす。男の
剣幕にとばっちりを恐れた人々が家に駆け込む様子にも気にせず、彼は再び歩き出した。だ
が、内心の苛立ちは治まるどころか、いっそうひどくなっているようであった。
 男は歩きながら、懐から一枚の紙を取り出す。それは彼がこんな砂漠のど真ん中まで足を
運ぶ羽目になった元凶、彼にとっての頭痛の種、トラブルメーカーの馬鹿弟子が残していっ
た手紙だった。
『師匠はいつも半人前扱いしますけど、私だってもう一人前の冒険者です! その証拠にこ
の程度の遺跡探索、一人で立派にやり遂げて見せます!』
 何度見返しても不安しか感じさせない文面を見、彼は何度目かもわからないほどの呆れの
息を吐き出す。
 手紙の中で師匠と呼ばれ、今はしかめっ面で町を歩いているこの男の名はベイル=ハーヴ
ェイ。かつてはあちこちを放浪し、傭兵やらトレジャーハンターやらを生業にしていた冒険
者だ。若さに任せた無茶をし、色々な意味で名前を知られていたのも今は昔のこと。彼はと
ある出来事を機に、数年前からは旅暮らしを止めて辺境に腰を落ち着け、たまにギルドの依
頼をこなして日々を暮らしていた。
 そんな生活はかつて味わったようなスリルや一攫千金のチャンスこそなかったが、それで
も静かで穏やかな日々は悪くはないと思っていた。
 だが。そんな日々も長くは続かなかった。
 どこで噂を聞いたのか、ある日一人の少女が突然彼の家に押しかけ、弟子入りを申し出た
のだ。ユーリィと名乗ったその少女は、面倒くさそうにドアを開けたベイルを一目見るなり
英雄に憧れる子どものように目を輝かせ、彼にしがみつかんばかりの勢いで弟子にしてくれ
と叫んだのである。
 もとより人付き合いをあまり好まない性格の彼はなんとか彼女に弟子入りを諦めさせよう
としたのだが、結局その努力は無駄に終わり、押しかけ妻ならぬ押しかけ弟子同然に住み着
いてしまったのだ。
 それからというもの、ユーリィはベイルがクエストのために出かけようものならどこにで
もついてくるようになったのである。
 弟子入りを認めていなかった最初こそ、ベイルは少女の勝手にさせていたものの、彼女の
あまりの未熟さは危なっかしくて目も当てられないほどだった。結果ついつい冒険のイロハ
を教えることになってしまい、今では実質弟子入りを認めてしまった形になっていた。
 そんなユーリィの最近の目標は、「師であるベイルに自分を一人前と認めさせること」に
なったようであった。確かにユーリィも彼の後にくっついてそれなりの冒険をし、経験を積
んだのは確かである。だが困ったことに、それで妙な自信をつけてしまったようだ。とはい
え、ベイルから見ればまだまだひよっこも同然であったため、彼にはことあるごとに半人前
扱いされていた。少女としてはそれが納得行かないらしい。
 そのためなんとか自分の実力を師に認めさせようと、最近のユーリィは彼に黙って実力以
上の依頼や冒険に手を出しては面倒ごとを引き起こしていた。そのたびになんだかんだで面
倒見のいいベイルが手を貸す羽目になり、馬鹿弟子の尻拭いをして回ることになっていたの
だった。
「あの馬鹿……今度という今度は見つけたらみっちり説教してやる」
 再び怒りがぶり返し、ベイルは手紙をぐしゃりと握りつぶす。
 ユーリィの残した手紙の中に書いてあった遺跡は、元々はベイルがクエストを受けた際に
偶然耳にした噂話の中で語られていたものであった。
 曰く、「砂漠の中にかつて栄華を誇ったとある王国がその宝を納めた遺跡在り。数多くの
冒険者がその財宝を求め旅立ったものの、宝はいまだ手付かずで砂塵の中の遺跡に眠ってい
る」と。
 もっとも、こうした情報はその大半がガセネタであることを彼は知っていた。逆に、もし
仮に本当だとすれば、足を踏み入れた冒険者が誰一人戻ってこれなかったということから、
おそらく非常に危険な場所であるということも想像できた。
 が、あの馬鹿娘の馬鹿弟子はこの遺跡の攻略が一攫千金と、自分を一人前と認めさせるま
たとない機会だと思ったのだろう。ベイルが何度も無理だから止めろといったにもかかわら
ず、その言葉を無視して彼の目を盗み、飛び出していってしまったのだ。
 少女が姿を消し、手紙を彼が見つけたその日から既に三週間ほどが経っていた。最初の数
日間、ベイルはユーリィのあまりの無謀さに呆れ、自分の言うことをちっとも聞かない馬鹿
弟子に腹を立てていたものの、一週間が過ぎ、二週間が過ぎても帰ってこないどころか便り
の一つもよこさない少女に次第にいやな予感が膨らみ、ついにベイルは久方ぶりの遠出をす
る決心をしたのであった。
 そうこうしているうちに彼はこの町での目的地、旅人や冒険者達の憩いの場である酒場の
前へとやってきていた。件の遺跡の場所から一番近いのはこの町だ。人が集まる酒場なら、
何かしらの情報も手に入るだろう。そう考え、ベイルは木戸をくぐり店の中へと足を進める。
「……」
 だが、いまだに無謀な馬鹿弟子に対して苛立ったままのベイルは、そんな自分を物陰から
見つめる一団がいたことには気付けなかった。

――――――――――――――

 翌日。ベイルは一人砂漠の中をラクダに乗って遺跡へと向かっていた。見渡す限りの砂漠
に焼け付くような陽射しが降り注ぎ、容赦なく彼の体力を奪う。時折腰の水筒を手に取り、
のどを潤すものの、陽炎が揺らめく灼熱の世界では、まさしく焼け石に水といえた。
 酒場でユーリィの事を聞いた彼は、拍子抜けするほどあっさりと彼女の情報を手に入れた。
彼の考えどおり、やはり彼女は酒場に立ち寄り遺跡の情報を集めていたらしい。歳若い少女
の冒険者ということで、店のマスターが良く覚えていたのだ。
「ああ、その子なら確かにしばらく前に来たねえ。なんでも財宝を見つけて、師匠に一人前
と認めさせてみせるとかいって、やたら張り切っていたよ。ああ、ここらじゃ『古の夢の跡』
って言われてる遺跡に行くとか何とか……」
 ユーリィの特徴を伝えたベイルに、酒場の主はそう言った。予想通りの展開にベイルの頭
は痛くなったが、さらに初老の男がこう付け加えたことでそれはさらにひどくなった。
「その子みたいな冒険者、後を立たないんだよねえ。まったく、若いってのは困ったものだ
ねえ。その子の他にも、同じようなことを言っていままで何人もの冒険者が遺跡に行ったよ。
最近じゃあの辺りには盗賊も出るらしいし、そもそもだれも帰ってこなかったってちゃんと
教えたんだがねえ」
 そういって溜息をつく店主に、ベイルも頷いて同意を示すのだった。
 砂を含んだ風が頬をなでる感触に、ベイルは意識を現実に戻す。相変わらずの暑さは嫌に
なるほどであったが、ここまで来て引き返すわけにも行かない。彼の冒険者としての経験は
ユーリィが無事でいる可能性は非常に低いだろうという考えを脳裏に浮かばせていたが、そ
れならそれで骨の一つも拾って弔ってやらなければならないだろう。
「くそっ、馬鹿娘のおかげでこんな場所まで来るハメに……」
 悪態をつきつつ、手に持った地図に視線を落とす。地図の通りならばもう少し進めば、例
の遺跡が見えてくるはずだった。
 砂漠の中には次第に岩が目立ちだし、やがて岩山と言っていいような光景を作り出す。注
意深く地図を確かめつつベイルがラクダを歩かせていくと、やがて岩壁の陰にひっそりと佇
む小さな建造物が姿を現した。
「あれだな……」
 目的地が見えてきたことでわずかながらも元気を取り戻した彼は、半ば無意識のうちに手
綱を握る手に力を込め、ラクダを急がせるのであった。

 遺跡入り口でラクダから下り、手近な柱にロープでラクダを繋ぐ。それがすむとベイルは
持ち物を確かめ、松明に火をつけた。
 石の扉を押し開けた彼は、その地面にしゃがみこむ。外からの砂がわずかに積もった石の
床には、かすかではあるが人が歩いた痕跡があった。おそらくは以前、それもここ最近にこ
の遺跡を訪れたものの足跡だろう。それはつまり、ユーリィのものである可能性が高かった。
「……」
 ベイルは顔を上げ、入り口から伸びる通路の奥を無言で睨む。一瞬だけ目をつぶり手の掛
かる馬鹿弟子の顔を思い浮かべると、ためらいなく遺跡に足を踏み入れた。
 しばし、ベイルは手にした松明の明かりを頼りに暗く長い通路を進む。石造りの通路は枝
分かれのない一本道で、特に迷う恐れはなかった。暗闇の中には燃える松明の炎の音と、彼
の足音だけが不気味に響き、遺跡特有のにおいが鼻をつく。
 ふと、彼は足を止めもと来た道を振り返る。既に入り口の明かりは見えなくなっており、
彼の背後には深淵のような暗闇が口をあけていた。
「ふん」
 しばし闇に目を凝らしていたベイルだったが、やがて鼻を鳴らすと、明かりの中に浮かん
だ壁に目をやった。
「豪勢なもんだ。こんな見るやつも来ないような場所によ」
 明かりに照らされた壁面には太古の時代に描かれたとはとても思えないほど色鮮やかな絵
が描かれている。貴重なものなのかもしれないが、学者でもないベイルにとっては一文にも
ならない絵であった。
 それらを特に興味もなさげに見つめていたベイルだったが、その目がとある一点で留まる。
 そこには、人と獣をあわせたような奇妙な姿の人物が描かれていた。頭頂部から生えるイ
ヌ科の動物を思わせる耳と、腰から伸びる尻尾。手には先端から天秤皿を下げる杖を持ち、
その横顔には美しさと共に刃物のような鋭さがあった。
「こいつは確か……アヌビス、か」
 描かれた魔物の名を呟くと、ベイルは壁画から視線を外し眼前に漂う闇に向ける。外とは
違う空気の中に、魔の者独特の気配、その残滓がほんのわずか漂っている。どうやらこのダ
ンジョンで宝物を守っているのは壁画に描かれた彼女に違いない。それほど詳しいわけでは
ないが、冒険者として暮らしてきたベイルの知識の中から、アヌビスという魔物の特性が脳
裏に浮かび上がる。
 となると、おそらくユーリィは……。
「まったく。あの馬鹿のしでかすことは俺の最悪の予想よりも常に斜め上を行くな」
 最早怒りよりも呆れが強くなった声を発し、ベイルは遺跡の奥へと足を進めていった。

 しばらく続いていた細長い通路が不意に終わり、ベイルの眼前に広大な空間が姿を現す。
石像や円柱が立ち並ぶホールの奥には先ほど以上に深い闇が立ちこめ、侵入者を拒んでいる
かのようだった。
 常人なら逃げ出したくなるようなその光景にも彼は構わず、一歩足を踏み出す。松明の炎
が暗闇を押しのけ、淀んだ空気が埃っぽい風を起こした。
 ほどなく慎重な足取りで進む彼の目に、まっすぐに伸びる階段が備え付けられた壇と、そ
の上に置かれた宝箱が映る。豪奢なつくりをした箱の蓋はしっかりと閉じられており、いま
だ中に納められた宝物の眠りを覚ましたものがいないことを示している。
 顎に手を当てベイルはふむ、と考え込む。
「あの馬鹿はここまでたどり着けなかったのか? いや、途中に罠の類はなかったし、死体
はおろか血の跡もなかった。となると……」
 そう呟いた瞬間、闇の中に一つの気配が浮かび上がった。姿が見えないままでも人のもの
とは明らかに違う存在感を放つ気配に、彼は反射的に腰の剣に手をあて、鋭い視線を向ける。
「番人さんのおでまし、か」
 直後、呟かれた彼の言葉に答えるように、暗闇の中から女の声が響いた。
「そこで止まれ、招かれざる客よ。汝も我が主の宝を奪いに来たものか?」
 声に応じて、壇の上にかがり火が灯る。揺らめく炎に照らし出されたのは、先ほどの壁画
に描かれていた魔物。美しい女性と黒い体毛を持つ獣をあわせたような姿をした、遺跡の守
護者、アヌビスと呼ばれる存在であった。
 黒く美しい毛並みの尻尾を揺らすアヌビスは紅い瞳をベイルに向けたまま、再び口を開く。
「ここは我が主の宝の眠る場所。無断で忍び入るものにはいかなる罰があろうか、わかって
いるのだろうな?」
 盗掘者を裁く冷たい声が響き、アヌビスは手に持った杖で石畳を突く。揺れる金具が音を
立て、かがり火を受けて黄金で出来た杖と装身具が煌いた。ただの人間なら、その威圧感だ
けで腰を抜かしてしまうだろう。
「ほぉ、どんなばけもんかと思えばえらい別嬪じゃねえか」
 しかしそこは冒険者としてそれなりに修羅場をくぐってきたベイルである。小さく呟いた
だけで、取り乱したりはしなかった。アヌビスを見ることこそ初めてだが、こうして魔物と
直接対峙したことは既に十回や二十回どころではない。それに、一口に魔物と言っても問答
無用で襲ってくるものばかりではないのだ。特にここ数十年のあいだに、魔物たちの性質も
随分と変わったのである。それを冒険生活の長い彼は知っていた。
 目の前のアヌビスもしかり。人語を解するということは、交渉の余地は十分にあるという
ことだ。彼は剣から手を離すと、こちらを睨みつけるアヌビスの娘に話しかけた。
「まて、俺は別にこの遺跡やお前の守ってる宝に興味はない。ただ、人を探してるだけだ。
お前が知らないならそれでいい。さっさと出て行く。ただもしも、何か知っているなら教え
てくれ」
 だがベイルの言葉をアヌビスは厳しい表情のまま、ばっさりと切って捨てる。
「そのような見え透いた嘘にだまされるとでも思ったか? さては最近この辺りをうろつき、
宝のありかを探っている人間というのも、貴様だな?」
 アヌビスの女性は杖を持ったのと反対の手で腰の曲刀を抜くと、ベイルの顔に切っ先を向
ける。美しい褐色の肌と、艶やかな黒い獣毛で覆われた体からは怒りと共に魔力が立ちのぼ
り、陽炎のように揺らめいた。
「ちょっと待てよ。ここ最近? 俺がこの遺跡にやってきたのは、今日が初めてだぜ?」
 身に覚えのないことを言われ、ベイルは胸の前に両手を上げて弁解する。だが守護者たる
アヌビスは彼の言葉に聞く耳持たず、声を一段と張り上げた。
「黙れ! 何を言おうと私は騙されぬぞ! これ以上、薄汚い人間に主から預かった領域を
穢されるわけにはいかん! 出でよ我が僕たちよ、この男に罰を与えるのだ!」
 アヌビスが刀を一振りすると、それにあわせて広間の中にいくつもの気配が浮かび上がる。
「ああ……あぁぁ……」
「うぁぅ……あぁ……」
 不気味なうめき声と、ずるり、ずるりと足を引きずるような音と共にゆっくりと暗闇の中
から姿を現したそれらは、全身に古びた包帯を巻きつけ、死してなお王の墓所を守る役目を
負う魔物のたちであった。
「不死者……マミーか」
 邪悪な不死の魔物ではあるが、直接包帯だけを巻きつけた体つきはどれも柔らかな曲線を
描く女性のものであった。おそらく生前は可愛らしく、美しかったであろう彼女たちだが、
今は虚ろな瞳をベイルに向け、口からは言葉としての意味を持たない音を吐き出すだけであ
った。
「あぁ……あぁう……」
 意思のほとんど感じられないゆっくりとした動きではあるが、彼女たちはベイルを取り囲
み、一歩一歩確実に近寄ってくる。
「はぁぁぁ……ま、こうなるわな。悪い予想は裏切られないわけだ」
 周囲をマミー娘たちに囲まれながらも、ベイルの顔には焦りも恐怖もなかった。現状への
文句を一言だけ口にすると、鞘に収めたままの剣を構え、大きく息を吐く。その姿には、ど
うせそう上手く行くわけがないと最初からから諦めてたよといわんばかりの哀愁が滲んでい
た。
「お前らに恨みはないんだがな。邪魔するつもりなら無理やりにでもおとなしくしててもら
うぞ!」
 ベイルがにじり寄るマミーたちを見据えながらそう言った瞬間、一人のマミーがそれまで
のゆっくりした動きからは想像できないほど俊敏に飛び掛る。だがその動きを完全に見切っ
ていた彼は無造作に剣を振り、飛び掛ってきたマミーを弾き飛ばした。
「うあぁ……」
 吹き飛ばされたマミーは悲鳴というには妙にのんびりした声を上げて別のマミーとぶつか
り、絡み合って地面に倒れこむ。不死者を殺さず気絶させて行動不能にすることができるか
どうか、ベイルにも自信はなかったが倒れこんだマミーたちが起き上がってこないところを
見ると、どうやら上手く行ったようであった。
「ふう、なんとかなるもんだな。魔物とはいえ女をぶった斬るのはあまりやりたくないんで
ね」
 一振りで仲間を昏倒させた目の前の男の力量がマミーにも分かったのか、アヌビスの操り
人形のような彼女たちはベイルを取り囲んだままうめき声を上げるだけで飛び掛ってこよう
とはしなかった。その様子を見、口元ににやりと笑みを浮かべ、彼は剣を構えなおす。
「ほれどうした、俺に罰とやらを与えるんじゃなかったのか?」
 それとは対照的に、一撃で部下のマミーを行動不能にさせられたアヌビスは焦りの滲んだ
声で、ヒステリックに叫んだ。
「な、何をしている! 相手はたった一人だ! 多少腕が立とうと一斉にかかれば勝てぬ相
手でもあるまい!」
 上司の命令に、マミーたちが再び動き出す。だがそれも無駄なことだった。力任せの一撃
であった先ほどとはうって変わって、ベイルは剣を巧みに操り、押し寄せるマミーたちに確
実に当身を喰らわせていく。
「はっ! ふっ!」
 彼の口から短く呼気が発せられ、剣が振るわれるたびにマミーの女性たちは当身を喰らい、
悶絶する間もなく、糸が切れた人形のように次々と地面に倒れ伏していく。
 数分としないうちに、マミーたちは全員行動不能にさせられ、ぐったりと地面に横たわっ
た。ベイルは動けるマミーがいなくなったことを確かめると、やれやれといった調子で額の
汗をぬぐう。
「ふう、流石にこれだけ数がいると面倒だが……。まあざっとこんなもんかね」
「う、うぐぐぐ……」
 まるでちょっとした運動を終えたように息を吐くベイルに、悔しげにアヌビスが歯軋りす
る。忌々しげにベイルを睨んでいた彼女だったが、気を取り直したように再び手に持つ曲刀
を彼に突きつけると声を上げた。
「す、少しばかり腕が立つようだが……これで終わりではないぞ! こちらにはまだ切り札
が残っているのだ! ただの娘ではない、元は修羅場をくぐった冒険者のマミー、そう、と
っておきの僕がいるのだからな!」
 微妙に威厳という名のメッキがはがれだしたアヌビスが、精一杯の虚勢を張って叫ぶ。
「おい待てよ、だからこっちの話を聞けと……」
 いまだに敵意むき出しの彼女にベイルが声をかけるが、例によって全く聞く気は無いよう
であった。仮に同じマミーだとしても、彼女にとってそこまで自信のある僕ならば、さっき
のように簡単には行かない相手かもしれない。知らず、ベイルの頬を汗が伝う。
「出でよ! 勇猛なる王の僕よ!」
 アヌビスの叫び声に応じ、彼女の背後の闇の中に新たな気配が浮かび上がる。わずかの間
もなく、棺の開く音と、ゆっくりとした足音がベイルの耳に届いた。
「なるほど……確かに出来が違うってのも嘘じゃなさそうだ」
 先ほどまでのマミーたちとは違う気配を察し、腰の剣を掴み緊張した面持ちで彼は闇を睨
みつける。そんな彼の様子を見たアヌビスは目に余裕の色を取り戻し、勝ち誇ったような表
情で男を見つめた。
 空気が張り詰めていく中、ついに彼の眼前にそれが姿を現す。
「うぅあ……」
 それは先ほど倒した不死者と同じく、全身に包帯を巻きつけた少女であった。胸の前で獲
物に掴みかかろうとするような形に手を掲げ、じっとベイルを見つめている。
 傍らにマミーを伴い、余裕の笑みでベイルを見つめるアヌビスと、無言で構えるマミーの
娘。そしてうつむいたまま無言で彼女たちと対峙するベイル。その誰一人として動こうとし
ない。もしここに誰かがいたら、時が止まってしまったかのように思えただろう。
 しばしの間、広間の中には痛いくらいの静寂が満ちていく。
 が、その緊張は、闇の中から現れた魔物に対するベイルの一言であっけなく崩れ去った。
ふううう、と肺から長々と息を吐き出すと、口を開く。
「……おい馬鹿娘。てめえ……そこで何してる」
 うつむいたままのベイルから、地獄の底から響いてきたような声が発せられる。何のこと
だとアヌビスがいぶかしむよりも早く、傍らのマミーの体がびくんと震えた。その震えはす
ぐに彼女の全身へと及び、かたかたかたと歯が音を立てる。
「どうした? はやくあの男に罰を与えるのだ」
 アヌビスの命令にもマミーはがたがたと震えるばかりで、動こうとはしない。思わず僕の
方に顔を向けた彼女は、魔物であるはずのマミーがただの人間に怯えていることに気づいた。
あろうことかその目じりにはうっすらと涙まで浮かんでいる。
「おい、そこの包帯娘。おめえだよおめえ。俺は『そこで何してる』と聞いたんだが? 答
えられないってのはアレか、お前は敵か。俺の敵だな? んじゃ斬られたいってことだな?
違うなら返事しろ」
 返事のないことに苛立った様子で、ベイルはもう一度口を開く。それでもマミーは男の問
いに答えられず、怯え、震えるだけであった。
 ついに我慢の限界に達したベイルは、顔を上げてまっすぐマミーを睨み、怒鳴りつける。
「答えろって言ってんだろーが! この馬鹿娘が! いいか、もう一度だけ聞くぞ? 最後
のチャンスだ、ぶった斬られたくねーなら返事しろユーリィ=クレアリ!」
 大気を震わす大音声に、アヌビスは思わずぺたりと耳を伏せ、塞ぐ。一方のマミーの少女
は最早誤魔化せないと悟ったのか、やけくそ気味に声を上げた。
「は、はいっ! ごめんなさい師匠!!」
 少女の返事に構えを解くと、しばしベイルは眼前に立つ少女、全身に包帯を巻きつけたマ
ミー姿のユーリィを刺すような視線で睨みつける。その視線に人々に恐れられる存在である
魔物、それも死すら恐れないマミーとなったにもかかわらず、ユーリィはだらだらと嫌な汗
を流した。
 やがてベイルはまた長い長い息を吐き出すと、心底呆れたような声を出した。
「馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、まさかここまでとはな。いやいや、俺はお前に対する認
識を改めなくてはならないな。だろう? よもや一人前の冒険者を名乗るやつがここまで無
謀なことをするなんぞ思いもつかないものな。んでそのざまだ」
「は、はい……ごめんなさい師匠……」
「いや、まあそうは言っても、別に自分の行動の責任を自分で取れるんだったら俺は構わな
いんだがな。だが現実はどうだ? 誰かのおかげで俺は自分の予定も全部キャンセル。勝手
に弟子を名乗ってる馬鹿を探しに砂漠くんだりまでやってくるはめになったって訳だ」
「す、すみません師匠……」
 うなだれるユーリィの元へとつかつかと歩み寄ったベイルは、しかめっ面のまま腕を組み、
ちぢこまったマミー少女を見下ろす。
「んで、ようやく探し当てたと思えば当の馬鹿娘は魔物になって俺に襲い掛かろうとしてた
わけだ。まったく、大した恩知らずだ。文字通りミイラ取りがミイラになるとはこのことだ
な。いやいや、昔の人はうまいこというぜ」 
「も、申し訳ありません……」
 そこまで言うと、ベイルは溜息をつき、首を振る。
「とにかく。終わっちまったことをこれ以上ぐちぐち言っても仕方ねえ。とりあえずユーリ
ィ、何がどうなったか簡潔かつ明瞭に説明しろ」
「おい人間、勝手に何を……」
 目の前の事態にさっぱりついていけないアヌビスが何かを言いかけようとしたが、顔中に
不機嫌さをあらわしたベイルにじろりと睨まれ、思わず口をつぐんでしまう。
 一睨みで魔物を黙らせた彼は地面に座り込み、マミー娘となった弟子にあごをしゃくる。
「ほれどうした。さっさとしろ」
「は、はい……」
 師匠である人間と今の上司であるアヌビスの間で視線をさまよわせていたマミー姿のユー
リィだったが、やがて覚悟を決めたらしく、ベイルの所を飛び出してから今まで一体何があ
ったのか、その顛末について、ぽつぽつと語りだした。



「……と、いうわけです。師匠」
 それからしばらく後。先ほどベイルに倒されたマミーたちはアヌビスの命令でこの場から
去り、広間の中にはベイルとユーリィ、そしてアヌビスの娘だけが残っていた。
 中央の台座、その床に腰を下ろしたベイルの前で正座したユーリィは、自分が彼のところ
を飛び出し、この遺跡の探索にやってきたことや遺跡の中で宝物の守護者のアヌビスの呪い
にかかり、マミーにされて彼女の部下になってしまったこと。そして侵入者であるベイルと
戦うために呼ばれ、再会することになったところまでの経緯を話し終えた。
「……」
 その間中ベイルは目をつぶり、腕を組んだまま一言も口を挟まずじっと座り込んだままで
あった。
「以上、です……」
 胡坐をかいた彼の向かい側にはマミー姿のユーリィが正座し、その隣にはすっかりベイル
にペースを握られ、勢いをそがれたアヌビスの娘が同じように座っている。かがり火は先ほ
どと変わらず赤々と燃え、彼らの影を床の上に長く伸ばしていた。
「あ、あの。し、師匠……」
 一通りの説明を終えても黙ったままの師の様子に、気まずくなったユーリィはおずおずと
声をかける。それでもまだ口をつぐんだままのベイルだったが、ユーリィが居心地悪そうに
身じろぎをするとようやく長い息を吐き出してぼりぼりと頭をかき、口を開いた。
「あまりにも馬鹿すぎて何も言えん」
「うう……」
 たったそれだけの短い言葉に、包帯姿のユーリィは縮こまる。ベイルはやれやれと溜息を
つくと、おどおどと彼の様子を窺う少女をじろりと見やった。
「……ったく。しゃんとしろ馬鹿娘。さっきも言ったが、お前が俺の言葉を無視して勝手な
真似をしたこととか、ドジ踏んで魔物になっちまったこととかはもう終わったことだからい
まさらどうこういったところで仕方ねえ。正直なところ、あまりの馬鹿さ加減に説教する気
も失せたしな」
「う、うう……」
 呆れ果てたといわんばかりの師の視線に射抜かれ、辛辣な言葉を浴びせられてもユーリィ
は言い返すことも出来ずうなだれる。流石に今回の事態に関しては、少女もそれなりに反省
しているのだろう。
 ベイルはそんなユーリィの姿に鼻を鳴らすと、すっかり主導権を奪われなんともいえない
表情を浮かべていたアヌビスの娘に向き直る。
「なあ、アヌビスさんよ。俺は別にお前の守ってる宝に興味はないし、この遺跡を壊したり、
おまえ自身に危害を与えるつもりはない。さっきはやむを得ず実力行使に出ちまったが、こ
っちとしてはできれば穏便に済ませたいんだ。それはわかってもらえるだろ?」
「うむ……確かに、な。お前は先ほどもマミーたちを殺しはしなかった。その言葉は信じる
に足る。ただ、お前のような目的の侵入者は初めてだが……」
 その言葉に、ベイルは顔をしかめる。
「言うな。で、俺の目的の半分はこいつを見つけた時点で達成されたわけだ。あとはこの馬
鹿娘を連れ帰るだけ。できれば素直に引き渡してもらえると助かるんだが」
「む。い、いや、しかし……」
 ベイルの言葉に、アヌビスは口ごもる。それでもさきほどのようにはっきりとした拒絶を
しないのは、彼女にもベイルの言っている事は本当だと信じてもらえたからだろう。
「…………」
 黙り込んでしまったアヌビスを見つめ、ベイルは考える。いざとなれば、ユーリィを連れ
帰るためにアヌビスと戦うこともやむをえないかもしれない。考えようによってはその方が
魔物を相手に交渉するなんぞよりもよっぽど簡単である。もっとも、遺跡の守護者の役目を
担い、単身でも強い力を持つアヌビスという魔物をいくら自分でもそう簡単にやれるかとい
う問題が残っているのだが。
「頼む」
 だが、出来ればベイルの本心としてはその選択はしたくなかった。最終的にそれしかなけ
ればやむなしとも思っているのは事実であったが、自分から選択肢を狭めることもないとい
う考えの方が強かった。そのためとりあえず現状ではアヌビスに対して害意を持っていない
ことを示し、相手の出方を窺うことにしている。
 魔物を前にしているという状況でベイルがまったく戦意も敵意も示していないのがその証
拠であり、またそれは対峙するアヌビスも理解しているはずであった。
 それにさきほどベイルがマミーたちを殺さず無力化した手並みから、アヌビスの方にも彼
の実力は分かったはずだ。アヌビスにとっても、無用な血を流すことは避けたいはずである。
聡明な彼女なら、自ら状況を悪くすることはないはずだ。
「アヌビスさん……」
 考え込むアヌビスをいまや彼女の僕となったユーリィが不安げな視線で見つめている。そ
の視線を受け、アヌビスの娘は顔を上げ、自分の考えを確かめるかのように頷いた。緊張し
た面持ちのユーリィをちらりと一瞥し、アヌビスはベイルに向き直るとゆっくりと口を開く。
「お前たちには悪いが……やはりこの娘を連れて行かせるわけには行かないな」
「何でだ?」
 首を横に振るアヌビスに、ベイルは表情と声の調子を変えないまま尋ねる。望む答えが引
き出せなかったにもかかわらず、ベイルの態度に乱れは表れなかった。なぜなら最初から彼
には彼女がそう簡単に「はいそうですかどうぞ」と言うことはありえないだろうと想像でき
ていたからだ。
 その彼の考えたとおりの言葉を、アヌビスは紡ぐ。
「……お前が盗掘者ではないことは信じられるし、お前の弟子だというこの娘を連れ帰らせ
てくれという言い分も分かる。だが、それでもやはりこの娘を連れて行かせるわけには行か
ないのだ。この娘は既に私と我が主の僕なのだから」
 視線をずらすと、彼とアヌビスの間で視線をさまよわせる少女の姿が目に入る。今のユー
リィは全身に包帯を巻きつけたマミーの姿のとおり、アヌビスのかけた秘術で魔物となって
しまっている。アヌビスの側からすれば、いまや魔物、つまり仲間となったユーリィを連れ
て行かせるわけにはいかないのだろう。
 さらに付け加えるのなら、今の彼女の役目は他のマミーと同じくこの遺跡に納められた王
の財宝を守ること。上司としては、何があっても彼女らがそれを途中で放り出すことなど認
められないのであろう。なぜならマミーたちを支配する立場であり、また生真面目な性格を
しているらしいアヌビスの娘にとって王から与えられたその役目は絶対であり、たとえ呪い
によって魔物になった部下であっても同じだからだ。それはある意味でアヌビスという魔物
である彼女のアイデンティティでもあるため、簡単には曲げられないのであろう。
「……そうか」
 淡々としたベイルの言葉に、むしろアヌビス娘の方が気まずそうに答える。
「気の毒だとは思うが、諦めてくれ」
「あ、あの……師匠……。えっと、アヌビスさん……」
 二人の間でユーリィがいたたまれなさそうに視線をいったりきたりさせる。これ以上の話
はしても無駄だと示さんがばかりに、アヌビスは冷たい声で言う。
「さ、お前は自らの寝所にもどれ」
 アヌビスがユーリィにそう声をかけ、体を少女の方に向ける。その瞬間、ベイルの気配が
突然変化した。
「ッ!?」
 鋭敏な感覚がそのわずかな変化を捉え、魔物の娘が身構えるよりも早く、弾かれるように
ベイルが動いた。鍛えられた肉体が野生の獣を思わせる俊敏さで飛び出し、驚愕の表情を浮
かべたアヌビスとユーリィに飛び掛る。
「何を!?」
「し、師匠!?」
 二人の言葉にも応えず、ベイルはアヌビスとユーリィを地面に押し倒す。固い床に体をし
たたかに打ちつけ、少女達は小さく悲鳴を漏らした。
「ど、どこさわって……じゃない! いきなり何をして……でもない! お、おおおのれ!
人間、やはり騙したのか!」
 怒りとその他の何やかんやで顔を真っ赤にしたアヌビスが怒鳴り、片手を腰の曲刀にかけ、
もう片方の手で胸を押さえながら立ち上がろうと体を起こす。
 それにベイルは怒鳴り返しながら、彼女の頭を掴むと無理やり下げさせた。
「伏せてろ! バカ!」
 彼の言葉が終わるよりも早く、風切り音と共に飛来した何かがアヌビスの目の前の床に突
き刺さる。かがり火が照らす中に浮かび上がったそれは、明かりに照り返され輝く刃を持つ
投擲用のナイフであった。
「な……!?」
 驚きに目を見開くアヌビスの耳に、再びナイフの飛来する音が届く。
「ひぅ!」
 死を呼ぶ不吉な音にユーリィは頭を抱えて地面に伏せ、アヌビスは驚愕の表情のまま、杖
を握り締める。その間にも、彼女たちの周囲の床には次々と刃が突き立っていった。
「ちっ! ボケっとしてるんじゃねえ! 明かりを消せ、狙い撃ちされるぞ!」
 ベイルは短く吐き捨てながらアヌビスの胸を射抜こうと放たれた飛刃を剣で打ち払う。
彼の言葉にはっと正気を取り戻したアヌビスは起き上がると慌ててかがり火を消し、顔を赤
らめたまま彼の横に並んだ。
「なんだ、どうなってる!?」
「くそっ、それは俺が聞きたいぜ!」
「あっ、あれ! 二人ともあれを見てください!」
 怒鳴りあう二人はユーリィの声に、彼女の指差す方向に同時に視線を向ける。広間への入
り口にはいつの間にか松明を手にした男達が姿を現し、彼ら三人へと鋭い視線を向けていた。
 人数は12、3人ほど。どの男も目だけを出して布で顔を覆い、手に手に短剣を持ちなが
ら、隠そうともせず殺気を放っている。
「一応聞いておくが……お前の仲間ではない、よな?」
「不意打ちでナイフを投擲してきたあげく、ぎらぎらした殺気向ける仲間なんているかよ。
あの身なり、殺気……、そうか。おそらくあいつらが町で噂になってた盗賊ってヤツだろう。
なんでわざわざこんな所まで来たかまではわからないがな」
「と、盗賊……?」
 ベイルの言葉に震える声でユーリィは繰り返す。それに彼は顔をしかめたまま、頷き返し
た。
「酒場でちらっと聞いただけだがな。幸運だったな馬鹿娘。ありゃあ金と荷物を渡せば命だ
けは助けてくれるような優しい盗賊じゃねえぞ。あの目つき、殺しなんて屁とも思わないや
つらだ。もしあいつらに出会ってたらその時点で人生終わってたぜ」
「ひ……」
 その光景を想像してしまったのか、ユーリィはベイルの服の裾をぎゅっと握り締める。そ
んな少女をちらりと一瞥した彼は彼女を庇うように構えた。それに呼応するように、盗賊た
ちも刃物を構えなおし、機を窺う。
 だが、彼らが動き出すよりも早くアヌビスの娘が一歩踏み出し、杖を地面を打ち付けた。
金具が立てる音が広間に響き渡り、その場の全員が思わず動きを止める。すでにいつもの冷
静な調子を取り戻した彼女が口を開くと、守護者としての威厳に満ちた声を響かせた。
「王から預かる我が領域を荒らす盗人どもよ! ここは汝らのようなものが踏み込んでいい
場所ではない。即刻立ち去れ!」
 紅い瞳に強い光を宿し、彼女は錫杖を再度鳴らす。流石の盗賊たちも魔の者の迫力に気お
されたのか、かすかにその身が強張るのが分かった。
「……そうもいかねぇんだよ、魔物のねえちゃん」
 突如響いた声に、アヌビスはびくりと身を強張らせる。盗賊たちの後ろから姿を現したの
は、いかめしい顔つきの男だった。身にまとう威圧感は周りの男たちの比ではない。どうや
ら、この男が盗賊団の首領格のようである。
「どういうことだ?」
「最近ちびっとばかし派手にやりすぎてな。前のアジトの周りにも小うるさいのが増えちま
ってよ、ほとぼりがさめるまで新しい隠れ家が必要になったわけよ」
「それで……この遺跡、というわけか?」
 ベイルの問いかけに、男はひひっと下卑た笑みを浮かべる。
「魔物が出る遺跡、なんて人避けにぴったりだろう? せいぜい来るのは冒険者くれえだし、
ぶち殺しちまってもみんな魔物のせいだとみんな思ってくれるってわけだ」
「好き勝手言いおって……。我らは無益な殺生などせぬ!」
 魔物としての誇りを傷つけられたのか、アヌビスが怒鳴る。しかし、大の男であろうとす
くんでしまうような威圧感を伴う声にも盗賊の首領はどこ吹く風といった様子で、いやらし
いにやにや笑いを浮かべたままだった。
「へえ、それはお優しいこった。まあそんなことはどうでもいい。とにかくここは俺たちが
使わせてもらうんでな。邪魔なあんたらは死んでくれや!」
 男の声に、盗賊たちは一斉に動き出す。
「俺は無関係だ、って言うわけにもいかない状況のようだな。はぁ、まったく貧乏くじにも
ほどがあるぜ」
 一人悪態をつくベイルにアヌビスは一瞬だけすまなそうな表情を浮かべる。だが感傷にひ
たる間もなく迫る敵を睨み杖を掲げると、声を張り上げた。
「出でよ、忠勇なる王の僕たちよ! 我らが預かる領域を汚す者どもへ裁きを与えよ!!」
 アヌビスの命に応じ、再びマミーの軍勢が姿を現す。その数は先ほどベイルに差し向けら
れたものよりも多く、手には槍や曲刀、斧など武器まで持っている。どうやら本気で侵入者
を叩きのめすつもりらしい。
「ああ、ああぁ……」
 闇の中から歩み出た恐れを知らぬ不死の軍団は、不気味なうめき声を上げ、ゆっくりとし
た足取りながら確実に盗賊達との距離を詰めていく。生気のない虚ろな目に、全身に古びた
包帯を巻きつけた不吉な姿に盗賊たちの動きがわずかに鈍る。
「もう一度だけ言おう。すぐさま立ち去れ。されば痛い目に合わずにすむぞ?」
 数から見ても戦力としてはこちらの方が有利、そう状況を分析したアヌビスは余裕の笑み
さえ浮かべながら盗賊の首領を睨みつける。
「へっ、本当にお優しいこって。けどなあ、それくらいで勝った気になってんなら大間違い
だぜ。おらてめぇら、小娘の死体如きにびびってんじゃねぇ!」
 その声に盗賊たちは懐から小さな石を取り出すと、押し寄せるマミーたちに向かって放り
投げる。石は地面に落ちるとまばゆく輝き、その光が広間を包み込んだ。
「くっ、一体何を……」
 目を覆いながら呻くアヌビス。閃光は一瞬でおさまり、彼女はそろそろと目を開ける。
 次の瞬間、彼女は目の前の光景に言葉を失った。
「……な、なんだと……!?」
 それも当然。彼女の眼前、先ほど呼び出した配下のマミーたちが一人残らず床に倒れ伏し
ているのだ。彼女たちはみな一様に体を痙攣させるばかりで、一人として起き上がる様子は
ない。対して盗賊の男達は先ほどと変わらず健在で、倒れたマミーたちを踏み越えてゆっく
りとアヌビスたちのいる壇に迫ってきていた。
「……破邪の結界石か、盗賊にしては珍しいもの持ってやがる」
 ぽつりと呟いたベイルの言葉に、盗賊の首領は自慢げな笑みを浮かべる。
「なかなか便利だろ? この間襲った隊商の積荷にあったんでな、折角なんで有効利用させ
てもらったってわけだ」
「く、くそ……」
 殺されたわけではないとはいえ、配下のマミーたちを無力化させられ、一気に不利な状況
に追い込まれたアヌビスは悔しげに唇を噛む。その隣に立つベイルもさてどうしたものか、
と考え込みながら剣を握った。アヌビス配下のマミーたちが戦力にならない以上、自分とア
ヌビス、そして馬鹿娘の3人でなんとかするしかあるまい。
 そう考えつつ、背後のユーリィに声をかけようとしたベイルの耳に、弱弱しい声が届いた。
「うう、し、師匠……動けません〜」
 その声にちらと目をやれば、他のマミーと同じように地面に倒れ込み、時折体を痙攣させ
るユーリィの姿が目に入った。そう、今はマミーになったユーリィにも先ほどの結界の効果
は適用されていたのである。
「ち、魔物になったってのに激しく役にたたねぇな……」
「そんな、師匠ひどい……」
「うるさい、こうなったらせめて邪魔になんないようにしてろ。これ以上足引っ張ったら後
で町の薬屋に売っぱらうからな」
 顔をしかめ、溜息と共にそう吐き捨てると、ベイルは隣のアヌビスに小声で声をかける。
「……というわけで、動けるのは俺とお前さんだけのようだが……どうする? 何かいい案
があったら教えて欲しいもんだが」
「……最後の手段が一つ。私の力であいつらを『呪う』。上手く行けば現状を打破すること
が出来るかもしれない」
「呪い、か。ぞっとしない方法だが、まあそれしか手がないんじゃあ選り好みしてられない
しな。で、準備にどれくらいかかる?」
 ベイルの言葉にアヌビスは眼下の盗賊たちを見回し、少しだけ考え込む。
「流石にあの数だからな、精神集中と詠唱で2分といったところか。その間あいつらを近づ
けないで欲しいんだが……頼めるか?」
 すまなそうに言うアヌビスに、ベイルは自嘲気味に笑って返す。
「まあそれくらいならなんとかなるかもな。ったく、まさか魔物と組んで人間相手に戦う日
がくるなんて夢にも思わなかったぜ」
「すまない……」
「気にすんな」
 アヌビスの言葉にベイルは軽く返す。自分から首を突っ込んだようなものであり、さらに
自分だけ逃げられるような状況ではないのは確かだが、ベイルという人物はこの状況でアヌ
ビスたちを見捨てるような真似をする男ではなかった。彼は目の前の盗賊たちを睨み、ちら
りと傍らのアヌビスの娘に目をやると、最後まで付き合ってやるとばかりに覚悟を決める。
 正直なところ、かなり分の悪い賭けではあったが、彼はそれを顔には出さなかった。いつ
も以上に不敵な笑みを浮かべ、場違いなほどに軽い調子で口を開く。
「それに味方するなら、むさい盗賊と魔物とはいえ別嬪な女、どっちが良いかなんて聞くま
でもなかろうよ!」
「なっ……!」
 ベイルの言葉にアヌビスの顔が一瞬で真っ赤に染まる。どこまで本気なのか、その言葉か
らは窺い知れなかったが、男性からそのような言葉をかけられた経験のない彼女には思いの
ほか衝撃が強かったようだ。
「頼むぜ!」
 ベイルは剣を構えて目の前の敵に飛び込み、階段を上ろうとする盗賊たちを蹴散らしてい
く。
「おら! お前はさっさと準備しろ!」
 剣を振り回し、階段を塞ぎながらベイルは壇上のアヌビスに怒鳴る。真っ赤な顔であわあ
わしていたアヌビスはその声ではっと正気に戻ると、目を閉じて精神を集中し始めた。
 その瞬間、彼女の周りの空気が不意に冷え、纏う雰囲気に不吉なものが混じりだす。
 盗賊たちも知識はなくともその様子に異常なものを感じ取ったのか、ベイルへの攻撃を止
め、ぎょっとした目で壇上の魔物を見つめた。
「な、なんだ……? おい! なにぼさっとしてやがる! さっさとあの化け物をぶち殺し
ちまえ!」
 わずかに怯えの混じった声で、盗賊の首領が叫ぶ。それに応じて何人かの男が懐から取り
出したナイフをアヌビスへと投げつけるが、そのどれもがベイルの振るった剣に弾かれ、地
面に落ちて空しく金属音をたてるだけだった。
「へへっ、通すかよ!」
「く……なめやがって! ぶっ殺せ!!」
 挑発的に口元をゆがめるベイルに、首領は激昂し部下達に突撃命令を下す。だが男たちの
襲撃もたった一人の壮年の冒険者の奮戦に押し留められるだけだった。
 とはいえ、流石に多勢に無勢。かろうじて敵に抜かれることだけは阻止していたベイルだ
ったが、何度となく繰り返される攻撃に少しずつ彼の傷も増えていた。
「ち……こりゃあキツイぜ……」
 ベイルは呻きながら、飛び掛ってきた男を横薙ぎの一閃で吹き飛ばす。だが、次の瞬間そ
の死角にいた別の男が放ったナイフが肩に突き刺さった。痛みに顔をしかめる間もなく、力
を失った手から剣がすべり落ちる。
「しまった……っ!」
 そう呟く間にも、手に凶刃を持った男達が飛び掛ってきていた。なんとか防ごうと反射的
に動くものの、長年の経験はどうあがいても致命傷を喰らうと無慈悲に告げている。
 絶体絶命の危機だというのに、彼の頭に浮かんだのは自分のことではなく、いつも面倒ご
とばかり起こす馬鹿弟子と出会ったばかりのアヌビスの娘の顔だった。それとともに、守り
きれなかったという苦い感触が胸の奥に広がっていく。
「くそ、すまねえ……」
 自分でさえようやく聞き取れるような呟きを発し、彼は覚悟を決める。せめて最後まで敵
の顔を睨みつけてやろうと目を見開き、その瞬間を待った。
 だが、ベイルに飛びかかろうとした男たちがその刃を彼の体に突き立てることはなかった。
「……?」
 不審に思ったベイルは、ゆっくりと盗賊たちの姿を見渡す。彼の前で誰も彼もがまるで凍
りついたように動きを止めていた。さらに様子を確かめると、それまで殆ど感情を表さなか
った男たちのどの目にもはっきりとした恐怖が浮かんでいる。そのどれもがまるでこの世の
ものではない光景を見てしまったかのように、恐怖に押しつぶされ、顔は引きつっていた。
「これは……!?」
 一瞬何が起こったのか理解できなかったベイルだったが、背後に立ち上る禍々しい気配を
感じるとすぐに事態を察した。落ち着いて感覚を研ぎ澄ませるまでもなく、辺り一体には地
獄と言ってさえ生ぬるいような忌まわしい気配が立ち込めている。
 おそらく間一髪でアヌビスの呪いが完成したのだろう。
「助かった、か……。痛っ……」
 力が抜けた瞬間、肩に刺さったナイフの痛みを思い出し彼は顔を歪ませる。突き立ったま
まの刃を引き抜き、ナイフを投げ捨てるともう一度辺りを見回した。
「しかし、怖いもんなんか何一つなさそうなこいつらが固まっちまうとは。一体どんな呪い
だってんだ」
「こっちを見ないほうがいい。お前にも呪いが降りかかるぞ」
 おそるおそる背後を振り返ろうとしたベイルに、アヌビスの声がかかる。慌てて前に向き
直った彼に、彼女の声が答えた。
「どんな呪いか、教えてやろう。その者たちは今まで手にかけた者の恨みを聞いているのさ。
みな相当ひどいことをしてきたんだろう。悲鳴も上げられないくらいの恐怖と苦痛を味わっ
てるみたいだからな」
「死者の復讐、か。おっかねえ呪いだ」
 嫌な想像を吹き飛ばすように体を震わせるベイルに、アヌビスは続ける。 
「私は遺跡の守護以外に、死に関する存在でもあるからな。それでも命をどうこうするよう
な呪いじゃないだけ感謝して欲しいさ。まあ、もっともあやつらの様子ならば、最後は廃人
になるかもしれないが」
「ふむ。で、こいつらはどうする?」
「そうだな……男ばかりだから私ではマミーにすることも出来ないからな。とりあえず武器
と身包みはがしたらマミーたちの好きにさせるさ。後は搾り取るなり、どこかに捨てるなり
彼女たちの好きにさせるさ」
 その言葉に倒れていたマミーたちが起き上がると、固まったままの男達を抱え通路に消え
ていく。盗賊たちはもはや自分の身に何が起きているのかすら把握できていないのか、マミ
ーに運ばれても身動き一つしなかった。
 その様子を見つつ、ベイルは呟く。
「ご愁傷様。ま、だからと言って殺されかけた相手に同情するほど俺も優しくはないがね」
 しばらくその顔に笑みを浮かべていた二人だったが、やがて辺りに立ち込めていた邪気が
薄れ、消え去るとアヌビスがゆっくりとこちらに歩いてくるのが分かった。
「もう、こちらを向いても大丈夫だ」
 その声にベイルが振り向くと、アヌビスの娘は彼のすぐ側まで来ていた。凛々しい顔に焦
燥が浮かんでいるところから、先ほどのでかなりの力を使ってしまったらしい。
「やっぱり魔物ってのはすげえな。いや、さっきのは正直ダメかと思ったぜ。助かったよ、
ありがとな」
「気に、するな……。こちらこそ、礼を……言わねばならない、立場なのだから……」
 そう言って口を開こうとしたアヌビスの体が、不意によろける。ベイルは倒れかける彼女
の体を反射的に抱きとめた。
「おっと。よろよろじゃねえか、無理すんなよ」
 すらりとしていながらも、女性らしく柔らかな体をしっかりと抱きかかえながら、彼は魔
物の娘に声をかける。
「……」
 だが、返事はなかった。
「……おい?」
 まさかさっきの術で力を使い果たしてしまったのかと慌ててアヌビスの顔を覗き込んだベ
イルに、ぼそぼそと彼女の小さな声が届く。とりあえず命に別状はなさそうだと安心しかけ
た彼だったが、彼女が呟いている内容を理解すると、珍しくぎょっとした表情を浮かべた。
 そんな彼に構わず、ゆでられたように顔を真っ赤にしたアヌビスは呟き続ける。
「……触られた揉まれた抱きしめられた一度ならず二度までも胸触られたしかも一回目は押
し倒されたもうこれはお嫁に貰ってもらうしかないそうだ結婚しようおっぱい揉まれたんだ
から責任とって貰わないとうんそれがいいだっていまもおっぱい揉まれてるんだもん彼だっ
てまんざらじゃないはずよね……」
 なんだかキャラが変わっているようなアヌビスの言葉。思わず手を動かすと、やわらかく
弾力ある感触が伝わる。偶然とはいえ、自分が彼女の胸に手を当てていることに気がついた
彼はよくわからない危険を感じて反射的に手を引き、体を離そうとした。
 が、それよりもアヌビスの行動の方が早かった。先ほどまでの衰弱が嘘のような俊敏な動
きで逃げようとするベイルを捕まえると、床に押し倒す。
「逃げるなんてひどいと思わない?」
 獣の毛で覆われた手につかまれた彼の腕と肩はまるで万力で固定されたかのようにびくと
もせず、ベイルは完全に組み伏せられる。彼女の尻尾が激しく振られているのを見るに、ど
うやら完全に発情しているようだ。
「うふふ……」
「待て、落ち着け。違う、あれは不可抗力だ」
 命の危機は去ったが、それとは別の危機を感じたベイルは自らの上に馬乗りになったアヌ
ビスの娘を必死で説得しようとする。だが、顔を真っ赤にし紅い目を潤ませた彼女はそれ以
上の言葉を彼に言わせなかった。
「むぐ……んっ……!」
 一瞬息が出来なくなり、ベイルはパニックに陥る。自分がアヌビスに唇を奪われたと理解
するまでのわずかな間に、彼女は彼の口をこじ開けると舌を差し入れ、口内を舐め回した。
「んふぅ……ちゅ……、んっ……んん……」
 熱い舌がまるで別の生き物のように蠢く。唾液が塗りたくられ、彼女が舌を絡めてきた。
だがそれは決して不快なものではなく、むしろ彼女と触れ合うたびに甘い痺れが全身に広が
っていく。
「やめ……ろ……」
 口付けを交わしているうちに、制止するベイルの声に力がなくなっていく。それとは逆に
彼の下半身の一部が熱を持ち、硬くなっていく。
「あは……」
 それがわかったのか、アヌビスは嬉しそうに目を細めると、自らの秘所をこすりつけるよ
うに腰を動かした。布越しの刺激を受け、彼のモノはさらに硬さを増していく。
「く、う……!」
 快感に呻き声を上げる彼を淫らな色に染まった目で見つめ、アヌビスは動きを激しくして
いく。布越しでは満足できなくなったのか、アヌビスは腰を浮かして自らの秘所を覆う布を
剥ぎ取り、彼のズボンと下着をも下ろす。熱くなった一物は外気に触れてびくりと震え、そ
れを見たアヌビスは恥じらいと共に期待に満ちた表情を浮かべた。
「ふぁ……おおきい……」
 彼女の興奮は秘所から溢れる愛液となって露にされ、腿の内側を伝う。割れ目が結合を待
ちきれずにひくひくと蠢く姿はこれ以上なく淫らで、ベイルの興奮も否応無しに高まってい
く。
「ああ……すごい匂い……。匂いだけで私、いっちゃいそう……」
 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返し、だらりと舌を垂らした口からは涎が垂れている。そこに
先ほど戦いで見せていた毅然とした姿は欠片もなかった。今の彼女は一匹の雌と化し、ただ
目の前の肉を味わうことしか頭に無いように見えた。
「……」
 それは彼もまた同じだった。発情した淫らな雌を前にして、既にベイルは襲われていると
いうことを失念しかけていた。男という生き物のサガか、魔物とはいえ女の痴態を目にした
彼の思考は、この女と一つになりたい、ということだけであった。汗の浮いた柔らかな肉体
と、濡れそぼり蠢く割れ目を目にするたび、自分の剛直を目の前の割れ目に突きたて、この
娘を征服したいという下卑た欲望がむくむくと大きくなっていく。
 思わず衝動のまま動こうとした彼は、不意に自分を見つめるアヌビスの視線に気付いた。
興奮と肉欲に染まっていながらも、どこかベイルを案じるような色を浮かべた瞳は、彼に
「魔物の私と一つになってくれる?」と訊いて――いや、許しを請うているかのようだった。
確かに押し倒したのは彼女からだった。だが、それでも無理やりに一線を越えてしまうこと
は真面目な彼女には出来なかったのだろう。
 それは錯覚だったかもしれない。だが、そう感じた瞬間、ベイルの中で燃え盛っていた
凶暴な想いは、そのまま目の前の獣人の娘への愛しさに変わった。
 一体誰が、ここまで相手を思いやる瞳をすることが出来るだろうか。そう思ったベイルが
頷いたのは当然のことだった。
「ありがとう……。気持ちよく、してあげるから……」
 ベイルの許しにアヌビスの娘はかすかに涙を浮かべ、優しく微笑む。反り返るほど大きく
なったベイルのそれを柔らかな毛に覆われた手がそっと握り、ベイルの背にぞくぞくとした
感覚が走った。
 彼女もまた熱い脈動を手に感じているのか、切なげな息が口から漏れる。
「それじゃあ……入れるよ……」
 自分に言い聞かせるように呟くと、彼女は肉棒を自らの割れ目へとあてがう。ぬるぬると
した愛液と先走りでお互いの肉が濡れ、それだけで快感が走った。アヌビスの娘はずれない
よう慎重に位置を合わせ、ゆっくりと腰を沈めていった。
「あ、ああぁぁぁぁ……っ!」
「く、うあぁぁぁぁ……!」
 肉が肉を割り進み、二人は襲い来る快感にうめき声を上げる。ベイルが見れば、アヌビス
の娘との結合部からは紅いものが流れ出ていた。
「お、お前……」
「だ、大丈夫。だいじょうぶ……だから」
 思わず声をかけたベイルの言葉を魔物の娘は押し留める。だがその笑顔は強張り、苦痛に
耐えているのは明らかだった。その健気さにベイルは申し訳なさよりも、愛しさを強く感じ
る。
 やがてアヌビスは腰を沈めきり、彼のものが彼女の最奥まで達する。
「平気か? 無理しなくていいからな」
「う、うん……少し、このままでいれば……」
「そうか」
 しばしそのまま荒い息をついていた彼女だったが、しばらくすると落ち着いてきたようだ
った。内心安堵の息をつくベイルに、アヌビスがそっと声をかける。
「そろそろ、動いたほうがいい?」
「ばか、無理するな」
「でも……」
 そういって申し訳なさそうな顔をするアヌビス。どうやらこいつは尽くすタイプらしい。
「わかった。けど痛かったら止めろよ」
「うん……」
 まるで少女のようにこくりと可愛らしく頷き、アヌビスはゆっくりと腰を動かし始める。
じれったくなるような速度での動きではあったが、それでも肉壁に一物が擦れる感覚に二
人の口からは快楽の声が上がる。一往復ごとに彼らの熱は高まっていき、その感覚に慣れ
るにつれて次第に動きは速さと激しさを増していった。
「あっ……あっ……、はぁっ……あぁっ! すごい、これ、すごいぃ……っ!」
 快感に染まった表情で涎をたらしながら、アヌビスの娘は動き続ける。ベイルもまたそ
れにあわせて腰を打ちつけ、さらなる快楽を得ようと動き続けた。
 暗闇の中、しばし二匹の獣の交わりが続く。口から漏れるのは荒い息と嬌声のみで、彼
らはただ目の前の獣からもたらされる快楽を貪り続けていた。
 だがそれも、やがて限界を迎える。
「ふぁ、あっ……、だめ、いく、いっちゃう……あっ、そんな、はげし……、も、だめ、
だめぇ……っ!!」
 下から激しく突かれ、アヌビスの娘は涙を浮かべて叫ぶ。だがその言葉と裏腹に動きは
加速し、肉壁はベイルのものをきつく締め上げていた。
 彼女の声から自分と同じく限界が近いことを察したベイルも、さらに力強く腰を打ち付
ける。歯を食いしばって射精感を堪え、一秒でも長くこの快感を味わおうとしていた。
 そして、一際強く突き入れた肉棒が彼女の最奥を強く叩いた瞬間、二人は同時に限界を
迎えた。
「くう、あ、うあああああああ…………っ!!」
 絶叫と共にどくどくと精液がアヌビスの娘の中に注ぎこまれ、その熱を体内に感じた彼
女もまた背を震わせて達する。射精が終わると、彼は長い息を吐き出す。全身を虚脱感が
包んでいたが、それはどこか心地よい感覚だった。
「すごかった」
 彼の上にくたりと倒れこんだアヌビスがそう呟き、ふかふかの手でベイルの頬を撫でる。
彼もまた同じく彼女の頬をそっと撫で、二人はどちらからともなく口付けを交わした。
 なんとなく幸せな気分を味わいながらぼうっとしていたベイルは、ふと目の前の娘の名
前を知らなかったことに気付いた。交わっておきながらこんなことを聞くのは我ながら間
抜けかとも思ったが、とりあえず聞いてみる。
「そういえば名前を聞いていなかったな」
 その言葉にアヌビスの娘も今気付いたとばかりの表情を浮かべる。
「そういえばそうだったな。私はレーネ=ファイユーム。この遺跡を王から預かった由緒
正しきアヌビスだ。以後お見知りおきを」
「俺はベイル、しがない元冒険者さ。順序が逆になっちまったが、よろしくな、レーネ」
 真面目くさって名乗りを交わすお互いの様子がおかしく、二人は顔を見合わせるとどち
らからともなくぷっと吹き出す。そして笑いが収まると、再び唇を重ねた。
そうしてしばしの間、二人は抱き合ったまま情事の余韻に身を浸すのだった。

――――――――――――――

「……きろ。おきろ、起きろベイル!」
「う、う……」
 耳元で何度も叫ばれ、ベイルは呻きながら体を起こす。
「ようやく起きたか。ほれ、もう朝だぞ」
 その声に顔を向けると、隣にはベッドから身を起こし、胸元をシーツで隠したアヌビスの
娘――レーネ=ファイユームの姿があった。
 既に見慣れた光景とはいえ、何度見ても彼女の褐色の肌と純白のシーツのコントラストは
美しい。布に覆われていても、その均整の取れた肢体が作り出すシルエットは少しも魅力を
損なっていなかった。
「朝? まだ暗いぞ」
 寝ぼけ眼で目を擦るベイルの問いに、彼女は呆れ顔を作る。
「何を言ってる。夜明け前に起き、日の出と共に仕事に取り掛かる。これこそ王の僕たる民
の正しい一日の始まりだろう」
「いや、俺はお前の王様の民になった記憶はないんだが」
「いいから、ほらさっさと起きる! 今日も見回りにマミーたちの管理、隊商からの物品の
仕入れと仕事は山積みなのだからな」
 そう言いながらもレーネはきびきびとした動きで起き上がると、ベッドの傍らに綺麗に畳
まれ置かれていた自らの衣服を身につけていく。あっという間に身支度を整え、壁際に立て
かけられていた杖を手に取ると、いまだベッドの上でぼんやりとした顔をしたままのベイル
に再度声をかけた。
「ほらほら、時間を無駄にするな! 10分後に朝食、その後は一緒に宝物庫の見回りだか
らな。遅れたら呪うからな!」
 杖を突きつけそう釘を刺すと、彼女はさっさと部屋を出て行く。その後姿を見送った後も
たっぷり数分ベッドの上に胡坐をかいていたベイルは、もはや自分に穏やかな朝が来ること
はないのだろうかと考え、長い長い溜息をついた。

 結局あの日、アヌビスの娘レーネといたしてしまったベイルは、自分から襲い掛かってき
たにもかかわらず、事後冷静になって自らの行為を振り返り真っ赤になって「責任取れ、責
任取れ、せきにんとれー!!」と泣き喚く彼女に押し切られる形で、この遺跡に住む羽目に
なったのだった。
 まあ、馬鹿弟子ユーリィがマミーにされてしまい、彼女を支配するアヌビスがユーリィを
連れて行くことを認めない以上、取れる方法はそう多くはなかったため、またベイルも口で
はなんだかんだ言いながらアヌビスの娘のことは憎からず思っていたこともあり、なし崩し
的に彼女の言葉に頷いてしまったのだった。
 ちなみに。そのときやたらユーリィが嬉しそうな表情を浮かべていたので、なんとなくム
カついた彼は彼女の包帯を全部隠した。その日一日包帯なしで、アヌビスから借りた服で過
ごしたユーリィがどうなったかはご想像にお任せする。
 最初は埃っぽい遺跡での暮らしなんて人間に出来るのだろうかと思っていたベイルだった
が、アヌビスやマミーたちが普段暮らす一角は予想以上に快適なつくりで、正直なところ散
らかり放題のベイルの家よりも清潔ですらあった。誰だって自分の住むとことはきちんと綺
麗にしとくだろう?とはレーネの弁。食べ物を初めとした必要物資も定期的にやってくる商
人たちから手に入れているらしく、元々が旅暮らしが長く、贅沢とは無縁なベイル達にとっ
ては特に不自由することはなかった。
 この遺跡で暮らしている人間は今のところ彼だけで、後はユーリィをはじめとしたマミー
たちと、彼女らを統率するアヌビスのレーネのみである。魔物ばかりとはいえ、一緒に暮ら
してみると案外人間よりも付き合いやすいものばかりであるとベイルは感じていた。
 アヌビスの僕であるマミーたちも彼のことを快く迎えてくれ、今では彼の顔を見ると人懐
こい笑みを浮かべて飛びついてくる子すらいるくらいである。どうやらたった一人で自分た
ちを打ち負かし、さらには主であるアヌビスの危機を救ったベイルは彼女たちの中で英雄扱
いされているらしい。
 もっとも、あまりに人気が出たため、昼夜を問わず隙あらば交わろうと襲い掛かってくる
のには流石の彼も参ったが。
 ユーリィはユーリィで、彼よりもこの環境にあっさりとなじんでおり、今ではすっかり魔
物の体にも慣れたようだった。(見かけ上は)同じ年頃のマミーたちと楽しそうに雑談をし
ているところを見ると、ある意味ではこいつは大物なのではないかとベイルは思わずにはい
られなかった。それでも、大抵毎回ドジを踏んでベイルや仲間のマミー、上司のアヌビスに
怒られるところは魔物になっても変わってはいないようである。
 そして王からこの遺跡を任された守護者であるアヌビスのレーネ。クソ真面目なくせにど
こか抜けていて、突発的な事態に陥ると途端に混乱して顔を真っ赤にする娘。彼がこの遺跡
で暮らし始めてから昼といい夜といい、何をしても一緒に過ごしていた彼女と彼はいつの間
にか事実上の夫婦のようなものになっていた。まあ、毎夜ベッドに潜り込んできてえっちを
ねだる彼女は誰よりも可愛らしく、彼と肌を重ねる時の顔は誰よりも淫らで、そんな彼女と
何度も肌を重ねた彼がレーネに好意、そして愛情を抱くのは当然の成り行きだといえた。

「ベイル! 朝食が出来たと呼んでるのにいつまでたっても来ないと思ったらまだこんなと
ころで! しかも着替えてさえいないじゃないか! ユーリィたちも皆お腹をすかして待っ
ているんだぞ! もう着替えは後でいいからさっさと来い!」
「うお、ちょ、ちょっと待てよ!」
 いつの間にか部屋に戻ってきていたレーネが、ぼんやりと考えにふけっていたベイルの首
根っこを掴む。彼女のことはもちろん好きであったが、この細かさにだけは彼も参っていた。
元々自分勝手な暮らしが長かった分、誰かにあれこれ指図されるのは苦手、というよりも嫌
いなのである。
 かと言って下手に刃向かえばアヌビスの力で呪いをかけてくるのだから始末におえない。
例えば全身がマミーの如く刺激に敏感になったり、彼女の命令に逆らえなくなったり。まあ、
以前盗賊たちに使ったような、精神がどうにかなるようなものではないだけ、マシなのかも
知れなかったが。
「……む? 何か文句があるのか? 言っておくが、私はお前のためを思ってきちんとした
生活を送れるよう、予定を立てているんだからな。不健康な生活で体を壊したら、仕事も出
来なくなるだろう。それに、ほ、ほら……よ、よよ夜の営みも、で、ででできなくなってし
まうし……」
 顔を真っ赤にし、獣毛に覆われた指をもじもじと絡め合わせるアヌビスの娘。怒り顔なの
が照れ隠しなのは、背後の尻尾がぱたぱたと振られているのを見れば一目瞭然である。自然、
ベイルの顔に笑みが浮かんだ。
「な、なに笑ってる! う、ううぅ〜〜! ば、罰だ! 遅刻した罰だ! 呪う、呪ってや
る! 絶対呪ってやるからな〜!!」
 彼の顔に浮かんだニヤニヤ笑いにいっそう顔を赤くしたレーネは、呪う呪うと叫びながら
彼を引きずって歩き出す。なんだかんだいってそんな彼女にされるがままのベイルは、自分
もまたアヌビスの「呪い」に囚われてしまったのだろうな、と思うのだった。

――『砂の遺跡と呪いの娘』 Fin ――


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